運命の人
明かりの殆どない暗い路地裏。愛用しているブラックコートを羽織った彼がいつもの車の横で佇んでいる。ジャックが叶子へと振り向いた瞬間、顔ははっきり見えなくともその凡人離れしたスタイルに、彼以外の人物を思い浮かべることは出来なかった。
車のハザードが点いたり消えたりするその明かりにより、やっとジャックが悲し気な表情をしているという事を読み取った。
「な、なんでここに!?」
潮が引いて行く様に楽しかった気持ちが跡形も無く消え去り、あっと言う間に絶望の淵に立たされる。叶子の顔は強張り、声は震えていた。
「君が話があるっていってるからここに来て欲しい、って藍子ちゃんから電話があって。……何度も君に電話もしたんだけど」
思わず手でコートの上からポケットの中にしまい込んだ携帯に触れた。ずっとコートのポケットの中に入れっぱなしで、彼からの着信に全く気付かなかった事を今更ながら後悔する。
絵里香と飲んでいた時は、片時も離さず側に置いていたと言うのに、一体どうしたと言うのだろう。彼を信じたい気持ちがあったのは事実だが、それよりも今の現実から逃れたいと思ってしまっていたのかも知れない。
やけに藍子と親しげに思える彼の口振りが、彼へ謝罪する所か逆に詰め寄りそうになった。
「藍子……ちゃん?」
ジャックの眉が上がり、それが何かと言わんばかりに軽く首が傾いた。あの噂は嘘であって欲しいと願っていた叶子の思いが、一瞬にして打ち砕かれる様な気分だった。
ジャックの眉間には深く皺が刻み込まれている。自分の事より、一体これはどう言う事なのか説明して欲しいのだと言いたげだ。
店の周りにたむろする連中を横目で見ながらジャックが近づいて来る。頭を小さく左右に振った後手を大きく広げ、叶子の目の前で立ち止まった。
まるで恋人に裏切られたかの様な表情を浮べ、信じられないとでも言いたそうに見えた。
「僕に嘘をついてまでこんな所に来たかったなんて」
「そ、そういうわけじゃ。……嘘ついたつもりもないし」
叶子のその言葉にジャックの目が僅かに見開いた。
ほんの少しの無言の間が彼女を苦しめる。
「――へぇ? 会社の恒例行事ってこの事なの?」
「っ、それはもう終わって」
「じゃあ二次会? 彼と? 二人っきりで?」
ジャックは隣で固唾を呑んで様子を見守っている健人に手を向けると、俯く叶子の頭の上から矢継ぎ早に質問を浴びせた。口調が徐々に強くなり、叶子は返す言葉が見つからない。一方的に話すジャックの言葉を、ただ、黙って聞いていた。
しばらく二人の様子を見ていた健人だったが、そんなジャックの態度にがたまりかねたのか、とうとう口を開いた。
「ちょっとあんた、自分勝手すぎるんじゃね?」
「け、健人!」
ジャックは視線を健人に向けたままで、叶子の顔の前にばっと大きな掌を広げた。
「自分勝手? 僕が?」
「ああ。あんたこそあっちこっちの女に手え出しといて、いざ自分の女が思い通りに行かなくなったら切れるって、男として最低じゃね?」
「───なっ!? 健人!!」
「僕が? あっちこっちの女性に手を出す?」
何を言っているのか理解不能だといったジャックの表情
かお
。事の経緯を説明してもらいたいのか視線を健人から叶子に移すと、ジャックと視線を合わすことが出来ない叶子は再び目を背けた。
いつか自分の口からジャックに確かめようと思っていたことが、以前相談した話が友達ではなく叶子自身の話だと気付いていた健人により心の準備が出来ていないまま突然その時がやってきてしまう。
どうやってこの場を乗り切ればいいのか。混乱している叶子には何もいい案が思い浮かんで来なかった。
「……。」
叶子からの説明も貰えないと思ったジャックは、視線を又健人に移す。
「ちょっと意味が良くわからないんだけど。とりあえず……君はもう帰っていいよ」
鼻で笑いながら健人にそう言うと、叶子の肩を抱いてくるりと背を向けた。あくまでも紳士的に声を荒げすことなく接していたジャックだったが、次の瞬間、とうとう自身の感情を抑えきれなくなってしまった。
「おい、ちょっと待てよ! 話はまだ――」
健人がジャックの肩を掴むと同時にその手を振り解く様に振り返った。そして、嫌悪を露にしながら人差し指を健人に向かってつき出した。
「いいか? カナは僕の恋人なんだ。部外者はこれ以上彼女に付きまとわないでくれ!」
「っ!」
鬼の様な形相で凄まれ、流石の健人も何も言い返す事が出来ず黙り込んでしまう。
健人からの反論が無いのがわかると、ギロリと睨みつけながら再び背を向け、待たせていた車の後部座席に二人で乗り込んだ。
車のハザードが点いたり消えたりするその明かりにより、やっとジャックが悲し気な表情をしているという事を読み取った。
「な、なんでここに!?」
潮が引いて行く様に楽しかった気持ちが跡形も無く消え去り、あっと言う間に絶望の淵に立たされる。叶子の顔は強張り、声は震えていた。
「君が話があるっていってるからここに来て欲しい、って藍子ちゃんから電話があって。……何度も君に電話もしたんだけど」
思わず手でコートの上からポケットの中にしまい込んだ携帯に触れた。ずっとコートのポケットの中に入れっぱなしで、彼からの着信に全く気付かなかった事を今更ながら後悔する。
絵里香と飲んでいた時は、片時も離さず側に置いていたと言うのに、一体どうしたと言うのだろう。彼を信じたい気持ちがあったのは事実だが、それよりも今の現実から逃れたいと思ってしまっていたのかも知れない。
やけに藍子と親しげに思える彼の口振りが、彼へ謝罪する所か逆に詰め寄りそうになった。
「藍子……ちゃん?」
ジャックの眉が上がり、それが何かと言わんばかりに軽く首が傾いた。あの噂は嘘であって欲しいと願っていた叶子の思いが、一瞬にして打ち砕かれる様な気分だった。
ジャックの眉間には深く皺が刻み込まれている。自分の事より、一体これはどう言う事なのか説明して欲しいのだと言いたげだ。
店の周りにたむろする連中を横目で見ながらジャックが近づいて来る。頭を小さく左右に振った後手を大きく広げ、叶子の目の前で立ち止まった。
まるで恋人に裏切られたかの様な表情を浮べ、信じられないとでも言いたそうに見えた。
「僕に嘘をついてまでこんな所に来たかったなんて」
「そ、そういうわけじゃ。……嘘ついたつもりもないし」
叶子のその言葉にジャックの目が僅かに見開いた。
ほんの少しの無言の間が彼女を苦しめる。
「――へぇ? 会社の恒例行事ってこの事なの?」
「っ、それはもう終わって」
「じゃあ二次会? 彼と? 二人っきりで?」
ジャックは隣で固唾を呑んで様子を見守っている健人に手を向けると、俯く叶子の頭の上から矢継ぎ早に質問を浴びせた。口調が徐々に強くなり、叶子は返す言葉が見つからない。一方的に話すジャックの言葉を、ただ、黙って聞いていた。
しばらく二人の様子を見ていた健人だったが、そんなジャックの態度にがたまりかねたのか、とうとう口を開いた。
「ちょっとあんた、自分勝手すぎるんじゃね?」
「け、健人!」
ジャックは視線を健人に向けたままで、叶子の顔の前にばっと大きな掌を広げた。
「自分勝手? 僕が?」
「ああ。あんたこそあっちこっちの女に手え出しといて、いざ自分の女が思い通りに行かなくなったら切れるって、男として最低じゃね?」
「───なっ!? 健人!!」
「僕が? あっちこっちの女性に手を出す?」
何を言っているのか理解不能だといったジャックの表情
かお
。事の経緯を説明してもらいたいのか視線を健人から叶子に移すと、ジャックと視線を合わすことが出来ない叶子は再び目を背けた。
いつか自分の口からジャックに確かめようと思っていたことが、以前相談した話が友達ではなく叶子自身の話だと気付いていた健人により心の準備が出来ていないまま突然その時がやってきてしまう。
どうやってこの場を乗り切ればいいのか。混乱している叶子には何もいい案が思い浮かんで来なかった。
「……。」
叶子からの説明も貰えないと思ったジャックは、視線を又健人に移す。
「ちょっと意味が良くわからないんだけど。とりあえず……君はもう帰っていいよ」
鼻で笑いながら健人にそう言うと、叶子の肩を抱いてくるりと背を向けた。あくまでも紳士的に声を荒げすことなく接していたジャックだったが、次の瞬間、とうとう自身の感情を抑えきれなくなってしまった。
「おい、ちょっと待てよ! 話はまだ――」
健人がジャックの肩を掴むと同時にその手を振り解く様に振り返った。そして、嫌悪を露にしながら人差し指を健人に向かってつき出した。
「いいか? カナは僕の恋人なんだ。部外者はこれ以上彼女に付きまとわないでくれ!」
「っ!」
鬼の様な形相で凄まれ、流石の健人も何も言い返す事が出来ず黙り込んでしまう。
健人からの反論が無いのがわかると、ギロリと睨みつけながら再び背を向け、待たせていた車の後部座席に二人で乗り込んだ。