運命の人
突然の別れ話に叶子の頭の中は真っ白になった。
ついさっきまで愛を語りあっていたのが何だったのか。ジャックの事が又見えなくなっていく。
結婚という形を取りたく無いが故に、叶子の事を想っていても別れた方が彼女の為だと言う。それもジャックの優しさなのだろう事は判ってはいるものの、その考え方が叶子には到底理解出来るものでは無かった。
「貴方、自分が何を言っているのか判ってる?」
ジャックは叶子の手を離すと、前を向き膝に肘をついて顔を塞いだ。
「うん。凄く辛い事を言ってるって事はちゃんと把握してる」
「私が結婚っていう紙切れだけの決め事に縛られる様な人間だとでも思ってるの?」
「そうじゃないけど。でも、カナだっていずれは結婚したいと思ってるでしょ?」
「そんなの! ……思ってないって言えば嘘になるけど」
ジャックは顔を塞いでいた手を取ると、“ほらね?”と言わんばかりの顔をする。そして視線を遠くにやりながら何かを思い出している様に話し始めた。
「娘がね。……もう数年前の話なんだけど、娘の友達の両親が離婚して再婚したらしいんだ。で、その友達から色々嫌な事を聞かされたみたいで、ある日僕に『パパは再婚しないよね?』って聞いてきたんだよ。その時は勿論、そんな事思っても無かったから『ああ、しないよ』って答えたんだ。そしたら嬉しそうな顔されてね。その時、もう結婚はしないって固く誓ったんだ」
「──わからない」
「えっ?」
ジャックは目を見開くと隣に座っている叶子を見た。さっきまで子供のように泣いていたのが嘘の様に、何やら難しい顔をしている。
「貴方の事が判らない。結婚したくないって言う気持ちは判るけど。でも、私は結婚したいから貴方を好きになったわけじゃないのよ? ただ、一緒に居たいってだけなの。それは今までと何ら変わりないのに、何故別れなきゃなんないの?」
「だって僕は結婚出来ないんだ。そんな僕とずっと一緒にいたって君は幸せになれないんだよ?」
「──! だからっ! 何で結婚できなきゃ不幸せだって言う構図が出来あがるわけ!」
「え? だ、だって」
「『だって』? 何よ!?」
「う……?」
叶子が明らかに苛つき始めたのを見て、ジャックは何も言う事が出来ず閉口していた。
三十歳を過ぎると途端に周りの声がうるさくなる。同僚は勿論、後輩までもが次々と結婚退職していき、両親、親戚だけでなく、更には道行く人まで『あの人独身かな?』と言った類の声がヒソヒソと聞こえてくるのだからたまらない。
たまには自分にご褒美と思ってエステにでも行こうもんなら、申込書に既婚なのか未婚なのか答える欄があるのを見て、心の中で舌打ちをする様なことが今まで何度あったことか。
結婚に対して自分は焦っていなかったのに、周りから責められて何するにも敏感になっていた時期も確かにあった。でも、今は優しい彼が居るし、仕事も順調。今が良ければそんな事思いもしなかったのに。
「はぁーっ」
ジャックにまでそんな事を言われてしまい、大きな溜息が出た。
そして丸くなっていた背中を突然ピンッと伸ばすと、急に魂が吹き込まれたかの様な目で一点を見つめた。
「もういい! 決めた! 私もアメリカ行く!!」
「カナ、ダメだって。君には仕事が……ひっ」
叶子にキツク睨まれ、ジャックは思わず口を噤んでしまった。
「これは私の人生よ。貴方に勝手に決められたくない!」
「カナ」
叶子は腕を組み口先を少し尖らせる。ソファーの背にボスッと寄りかかった彼女の頬は、興奮気味なのか少し赤くなっていた。
その様子を横目で見たジャックはクスリと微笑んだ。長い腕を広げて叶子をぎゅっと包み込む。
「?」
「ありがとう」
耳元に囁かれた柔らかい声がとても心地いい。ぐっと寄せられていた眉が元の場所に戻っていく。
強く抱きしめられた腕の力が無くなるのを感じると同時に、二人はゆっくりと口唇を重ねた。
ついさっきまで愛を語りあっていたのが何だったのか。ジャックの事が又見えなくなっていく。
結婚という形を取りたく無いが故に、叶子の事を想っていても別れた方が彼女の為だと言う。それもジャックの優しさなのだろう事は判ってはいるものの、その考え方が叶子には到底理解出来るものでは無かった。
「貴方、自分が何を言っているのか判ってる?」
ジャックは叶子の手を離すと、前を向き膝に肘をついて顔を塞いだ。
「うん。凄く辛い事を言ってるって事はちゃんと把握してる」
「私が結婚っていう紙切れだけの決め事に縛られる様な人間だとでも思ってるの?」
「そうじゃないけど。でも、カナだっていずれは結婚したいと思ってるでしょ?」
「そんなの! ……思ってないって言えば嘘になるけど」
ジャックは顔を塞いでいた手を取ると、“ほらね?”と言わんばかりの顔をする。そして視線を遠くにやりながら何かを思い出している様に話し始めた。
「娘がね。……もう数年前の話なんだけど、娘の友達の両親が離婚して再婚したらしいんだ。で、その友達から色々嫌な事を聞かされたみたいで、ある日僕に『パパは再婚しないよね?』って聞いてきたんだよ。その時は勿論、そんな事思っても無かったから『ああ、しないよ』って答えたんだ。そしたら嬉しそうな顔されてね。その時、もう結婚はしないって固く誓ったんだ」
「──わからない」
「えっ?」
ジャックは目を見開くと隣に座っている叶子を見た。さっきまで子供のように泣いていたのが嘘の様に、何やら難しい顔をしている。
「貴方の事が判らない。結婚したくないって言う気持ちは判るけど。でも、私は結婚したいから貴方を好きになったわけじゃないのよ? ただ、一緒に居たいってだけなの。それは今までと何ら変わりないのに、何故別れなきゃなんないの?」
「だって僕は結婚出来ないんだ。そんな僕とずっと一緒にいたって君は幸せになれないんだよ?」
「──! だからっ! 何で結婚できなきゃ不幸せだって言う構図が出来あがるわけ!」
「え? だ、だって」
「『だって』? 何よ!?」
「う……?」
叶子が明らかに苛つき始めたのを見て、ジャックは何も言う事が出来ず閉口していた。
三十歳を過ぎると途端に周りの声がうるさくなる。同僚は勿論、後輩までもが次々と結婚退職していき、両親、親戚だけでなく、更には道行く人まで『あの人独身かな?』と言った類の声がヒソヒソと聞こえてくるのだからたまらない。
たまには自分にご褒美と思ってエステにでも行こうもんなら、申込書に既婚なのか未婚なのか答える欄があるのを見て、心の中で舌打ちをする様なことが今まで何度あったことか。
結婚に対して自分は焦っていなかったのに、周りから責められて何するにも敏感になっていた時期も確かにあった。でも、今は優しい彼が居るし、仕事も順調。今が良ければそんな事思いもしなかったのに。
「はぁーっ」
ジャックにまでそんな事を言われてしまい、大きな溜息が出た。
そして丸くなっていた背中を突然ピンッと伸ばすと、急に魂が吹き込まれたかの様な目で一点を見つめた。
「もういい! 決めた! 私もアメリカ行く!!」
「カナ、ダメだって。君には仕事が……ひっ」
叶子にキツク睨まれ、ジャックは思わず口を噤んでしまった。
「これは私の人生よ。貴方に勝手に決められたくない!」
「カナ」
叶子は腕を組み口先を少し尖らせる。ソファーの背にボスッと寄りかかった彼女の頬は、興奮気味なのか少し赤くなっていた。
その様子を横目で見たジャックはクスリと微笑んだ。長い腕を広げて叶子をぎゅっと包み込む。
「?」
「ありがとう」
耳元に囁かれた柔らかい声がとても心地いい。ぐっと寄せられていた眉が元の場所に戻っていく。
強く抱きしめられた腕の力が無くなるのを感じると同時に、二人はゆっくりと口唇を重ねた。