運命の人
いつもの様に仕事に向かう。
いつもの電車に乗りいつもすれ違う人に会い、いつもの様に吠えてくる犬を横目で見る。
これらが日々の習慣の様になっていた。
それももう少しで終わろうとしている。
──いつもと違うのは、
「マネージャー、この書類にサイン下さい」
走らせていたペンをピタッと止めると、顔を上げた叶子は怪訝そうな顔を浮かべた。
「その呼び方止めてよ」
「どうしてですか?」
「なんだかこそばゆくて」
昇格してからというもの、叶子は以前にも増して慌しい日々を送っている。彼の兄も来日したようでその引継ぎ関係でバタついているのか、あれから電話で話はするものの中々会うことが出来ないで居た。
「ボス、打ち合わせ行って来ます」
「あいよ! いってらっしゃい!」
少し暖かくなった街に目を向けてみると、待ち行く人はこれから始まる新生活に期待で胸を膨らませているであろう人を見かける。自分もその一人のはずなのに、何故か素直に喜びを表せなかった。
「──」
期待と不安が入り混じる感情を抑えながら、少し立ち止まり桜の木の下でひらひらと舞い降りる桜の花びらを見上げていた。
~2週間後~
いつもの様に待ち合わせ場所に先についたジャックは、人込みの中の彼女を見つけた。
途端、ジャックの顔から笑みが零れ落ちる。ジャックは叶子に向けて手を上げようとしたが、その手が上がる事は無かった。
「――」
ヒールを引きずるようにしながら下を向いた叶子が、待ち合わせ場所に近づいて来る。そんな叶子の姿を見て、ジャックの胸は否応なしに締め付けられた。
「ちょっと散らかってるけど適当にくつろいでね」
ソファーとデスクとベッド以外はダンボール箱で溢れていて、足の踏み場も無い彼の部屋。その光景を見た叶子の表情が一気に暗くなったのを、ジャックは見て見ぬ振りをしてデスクへと向かった。
「カナは準備進んでる?」
「ん? うん、……ボチボチかな」
「ボチボチって。後一週間しかないよ?」
「うん。私はギリギリにならないと本気が出せない性質(たち)なの」
「──」
ソファーに腰を下ろした叶子の目は焦点が合っていない。大きな溜息を零しているのもきっと自分では気付いていないのだろう。
デスクで片づけをしながら彼女のそんな様子を見ていたジャックは、作業する手を止め叶子の隣に腰を落とした。
膝の上に丁寧に重ねられた彼女の手を、ジャックの大きな手の平が覆う。そうされてやっと隣に彼が座った事に気づいたのか、少し驚いた顔をしていた。
「カナ、無理してない?」
「え? 無理って?」
「本当はアメリカなんて行きたくないんじゃないの?」
「そ、そんな事ないよ! ……ちょっと疲れてるだけ」
叶子の手を掬い上げると、ジャックはその白い手の甲にそっと口付けた。
「そか。でも、本当に無理はしないでね」
「うん、ありがと」
「──」
いつもと違う彼女の態度にジャックは不安を覚えた。
それ以上その話をしなかったのは、気持ちが揺れ動いていると感じ、日本に留まる事を選択されたく無かったからだった。
最終的にどうするかを決めるのは彼女だ。
ジャックは叶子の気持ちを優先し、一緒にアメリカへ着いて来てくれるのを願うしかなかった。
いつもの電車に乗りいつもすれ違う人に会い、いつもの様に吠えてくる犬を横目で見る。
これらが日々の習慣の様になっていた。
それももう少しで終わろうとしている。
──いつもと違うのは、
「マネージャー、この書類にサイン下さい」
走らせていたペンをピタッと止めると、顔を上げた叶子は怪訝そうな顔を浮かべた。
「その呼び方止めてよ」
「どうしてですか?」
「なんだかこそばゆくて」
昇格してからというもの、叶子は以前にも増して慌しい日々を送っている。彼の兄も来日したようでその引継ぎ関係でバタついているのか、あれから電話で話はするものの中々会うことが出来ないで居た。
「ボス、打ち合わせ行って来ます」
「あいよ! いってらっしゃい!」
少し暖かくなった街に目を向けてみると、待ち行く人はこれから始まる新生活に期待で胸を膨らませているであろう人を見かける。自分もその一人のはずなのに、何故か素直に喜びを表せなかった。
「──」
期待と不安が入り混じる感情を抑えながら、少し立ち止まり桜の木の下でひらひらと舞い降りる桜の花びらを見上げていた。
~2週間後~
いつもの様に待ち合わせ場所に先についたジャックは、人込みの中の彼女を見つけた。
途端、ジャックの顔から笑みが零れ落ちる。ジャックは叶子に向けて手を上げようとしたが、その手が上がる事は無かった。
「――」
ヒールを引きずるようにしながら下を向いた叶子が、待ち合わせ場所に近づいて来る。そんな叶子の姿を見て、ジャックの胸は否応なしに締め付けられた。
「ちょっと散らかってるけど適当にくつろいでね」
ソファーとデスクとベッド以外はダンボール箱で溢れていて、足の踏み場も無い彼の部屋。その光景を見た叶子の表情が一気に暗くなったのを、ジャックは見て見ぬ振りをしてデスクへと向かった。
「カナは準備進んでる?」
「ん? うん、……ボチボチかな」
「ボチボチって。後一週間しかないよ?」
「うん。私はギリギリにならないと本気が出せない性質(たち)なの」
「──」
ソファーに腰を下ろした叶子の目は焦点が合っていない。大きな溜息を零しているのもきっと自分では気付いていないのだろう。
デスクで片づけをしながら彼女のそんな様子を見ていたジャックは、作業する手を止め叶子の隣に腰を落とした。
膝の上に丁寧に重ねられた彼女の手を、ジャックの大きな手の平が覆う。そうされてやっと隣に彼が座った事に気づいたのか、少し驚いた顔をしていた。
「カナ、無理してない?」
「え? 無理って?」
「本当はアメリカなんて行きたくないんじゃないの?」
「そ、そんな事ないよ! ……ちょっと疲れてるだけ」
叶子の手を掬い上げると、ジャックはその白い手の甲にそっと口付けた。
「そか。でも、本当に無理はしないでね」
「うん、ありがと」
「──」
いつもと違う彼女の態度にジャックは不安を覚えた。
それ以上その話をしなかったのは、気持ちが揺れ動いていると感じ、日本に留まる事を選択されたく無かったからだった。
最終的にどうするかを決めるのは彼女だ。
ジャックは叶子の気持ちを優先し、一緒にアメリカへ着いて来てくれるのを願うしかなかった。