未熟な恋人
そんな私を気にして、いつもバスを降りる時に声をかけてくれる顔ぶれの中に、暁はいた。
バスを降りる事を忘れるほど読書に没頭している私に、怪訝そうな顔をしていた暁だったけれど、何度か繰り返すうちにたわいない言葉を交わすようになった。
『今日は、何読んでいたんだ?』
同じクラスだということも手伝い、次第に仲良くなっていく中で、暁は私が読んでいる本に興味を持つようになった。
私が読み終わった本を暁に貸してあげると、
『俺には向いてないよ、こんな甘い恋愛小説。5ページほどで寝てしまった』
『泣きながら一気に読んだよ』
『続き、早く貸してくれ』
反応は色々だったけれど、概ね好きな本の傾向は似ていて、二人で色々語り合うようになった。
二人が共通して好きだと言った作家は、それほどメジャーではない、知る人ぞ知るという女流作家。
結末の受け止め方には三者三様あって、私と暁の解釈も違う事が多かった。
それでも、新作が出る度に二人で書店で同じ本をそれぞれに購入しては読み、感想を言い合う時間が楽しくて仕方なかった。
意外に頑固な暁は、私と受け止め方が違うと熱く反論してくることもあったけれど、それでさえ新鮮で、楽しかった。
校内でも人気がある彼と、ある意味二人だけの秘密めいた時間を共有できることが幸せで、部活ができない寂しさをカバーするには余りある優しい時間だった。
暁は吹奏楽部に所属していたから、その話を面白おかしく話してくれるのも嬉しかった。
単純に、幸せだなと思っていたけれど、その幸せは少しずつ変化して。
私の初恋へと発展した。
ずっと一緒にいたいし、部活という私が知らない世界で笑う暁に切ない視線を向けた事もあったし胸を痛める事も多かったけれど。
『伊織が好きだよ。彼女になって』
暁の真っ赤な顔に、何度も頷いた私。
初恋が実る確率なんて、ほんのわずかだろうけど、私はそのわずかな光を手に入れた幸せな女の子となった。