「あの、すみません。小林正也君はいますか」
 
私がそう訊くと、私の手前に座っていた顔の赤らめた男が振り向く。

「え?正也ですか。さっき帰りましたよ。さとみと」
 
男は何がおかしいのか馬鹿笑いをした。

「本当に?そのさとみって子と何処に行ったかわかります?」

「そんなのわかりませんよ。で、あなたは正也とどういう関係なんですか」

 男が酒の匂いを口から漂わせながら私に顔を近づける。

「別に、遠い親戚ですよ。本当に君は正也君が何処に行ったかしらないんですね?」

これだから、酔っ払いと話すなすのは嫌だと心の中で思った。妙に普段より強気で、それでもって次の日には調子よく酔った事を忘れる。

「遠い親戚?じゃあ、お父さん?お父さんでしょ。これはこれは、お世話になっています」

急に男は近づけた顔を離し、その場で正座をして深々と頭を下げる。

「違いますよ。そんな仲じゃない。もういいや。ありがとうね」

「そんなあ。一緒に飲んで行きましょうよ」

 頭をあげた男はテーブルにあったグラスを持って私に飲めと誘った。

「いや。俺は酒飲めないから。それにまだ行かなくてはならない所がありますから」

私は男の誘いを振り切って背を向けて出口に向かって歩いた。しかし、私はその途中で

立ち止まり振り向いて

「そうだ。君の名前は・・・・・・山口智也ですよね」

「え?ええ。そうですけど。どうして」

 男は酔いが覚めたような呆気に取られたような顔をした。

「いいや。訊いただけだよ。ありがとう」
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