卓上彼氏
「みか………」
看護婦さんに案内された部屋には姉とお義兄さんがいた。
『みか』とは姉が私を呼ぶときの愛称だ。
お義兄さんの視線の先にはすやすやと眠る母がいた。
口には酸素マスクがあてがわれている。
「お姉ちゃん…お母さんは?」
母の眠るベッドに歩み寄った。
「突発的な呼吸困難だって。たいしたことなかったみたい、早くに看護婦さんが見つけてくれたからね。…今は呼吸も安定してるよ」
姉も相当な心配をしていたのだろう、とても安堵した表情だった。
「———でも、これからはもっと気をつけないといけないね」
姉はベッドの手すりを握った。
「前回は痙攣、今回は呼吸困難だったからまだ良かったけど、お母さん体弱いからいつ重病にかかってもおかしくないって、お医者さんが」
私は何も答えず母の手を握った。
「お父さん、早く勤務先変わるといいね」
私に言ったのか、母に言ったのか判断し難い口調で、母を眺めながら姉はつぶやいた。
「あっ!お父さん休暇とって帰ってくるの!私の誕生日祝ってくれるんだって」
先日の父からの朗報を思い出し、心なしか少し明るい口調になった。
姉はそれを聞いて目を丸くした。
「お父さんが?!すごい!!なんで?!」
もう充分に大人な姉でさえも子供のような反応をするくらいこの事実は衝撃的だった。
「突然休暇が取れたんだって。私の誕生日のお祝いができるのはたまたまだよ、ついでなの」
本当は嬉しくて嬉しくてたまらなかったけれど、母がこんなことになったその場ではしゃぐのもどうかと思い、あえて大人な態度をとってみせた。
でもそんな私の浮かれた気分も、お義兄さんの次に持ち出した話題で綺麗に吹き飛んだのだった。