記憶のキロク
 病室の扉の前に、春風ちゃんの父さんが立っていた。

 俺に気づくと、やあという感じで、片手を挙げながら近づいてきた。

「ちょっと、いいかな」

「ええ、かまいませんけど」

「ありがとう。なら少し場所を変えようか」

 春風ちゃんの父さんは、言い終わるか、終わらないかの瀬戸際で、先にたって歩き出した。

 ロビーに着くと春風ちゃんの父さんが、通院客用のイスに座った。

 俺もそれに習い、すぐ右隣に腰を降ろした。

「話というのは他でもない、春風の事なんだが……」

 先を言うか悩んむように一端言葉を区切り、一息入れてから続きを言い出した。

「どうも、冬を乗り切れるか、微妙らしい」
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