砂糖菓子より甘い恋【加筆修正ver】
「名を名乗れ」

 人通りが少なくなった辺りで、龍星は後ろを振り向き鋭い視線で毬を、否、少年を睨んだ。

 その人は、きょとんと目を丸くする。
 それから、くすり、と、笑った。

 まるで、毬みたいに。



「まるで初めて逢ったみたいな言い方をされるのですね」
 
 龍星は微量な匂いを感じた。
 ……違和感、とでも名づければよいのだろうか。
 普段の毬からは感じない、匂いだ。

 黒曜石を思わせる瞳がきらりと光る。

「何とでも、お好きにお呼びいただいて結構です」

 絹糸のきらめきのように麗しく、凛とした声。

「名を名乗れ」

 龍星は、命じるようにそう言った。
 その眼差しは、物怪と対峙しているときのものに似て、昏く険しい。

「嫌だなぁ、龍星。
 怖いよ?」

 少年は不安そうな声音に変え、言葉を崩す。
 龍星は、手を伸ばし毬の肩を掴んだ。

 ……違う。

 うまくは言えないが、触れれば分かった。



 ……この者、毬であって、毬でない。


「名を名乗れ」

 魂を揺さぶるような発声に、少年は眉を顰めた。

「煩いなぁ。三度も聞かないでよ。
 彼女に負担、かけたくないでしょ?」

 にやり、と、とても厭らしい笑いを浮かべると少年は目を閉じた。
 途端、糸が切れた操り人形のように、すぅと毬の身体が倒れていく。

 龍星は慌ててその細い体を抱きしめた。



 ……消えた


 残ったのは、毬の身体と、えもいえぬ焦燥感だけだった。

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