砂糖菓子より甘い恋【加筆修正ver】
「安倍殿の居場所、ご存じないですか?」

 しばらく、人目のない辺りまで歩くと、くるりと振り向いて猿が問う。
 雅之は、心の内でまたかよ、と思うが態度には出さない。

「生憎ですが、安倍殿が御所に居る間どこで何をされているかについてはまるで存じません」

 いつもの言葉を繰り返す。
 雅之と龍星が仲が良い……と知られていることは別段構いはしなかったが、誰も彼もが困ったときに龍星のことについて自分に問いに来ることだけには雅之は若干閉口していた。

 どう考えたって陰陽寮にいる連中に聞くのが手っ取り早いはずだ。

 その視線に気づいたのだろう、猿は口を開く。

「陰陽寮の方に伺いましたら、午前中早々に陰陽法師の取調べを終わらせ、その後一人でふらりと出て行かれたということで……。
 御台様がお呼びというのに、困ったものです」

 雅之はあっけにとられた。
 昨日、龍星に頼まれて陰陽寮に書状を受け取りに言った折、賀茂殿は『道剣というやつ、なかなかに手ごわい。最低一週間はかかりますよ。それでも吐くかどうか』と疲れた顔で言っていたというのに。それを一瞬にして終わらせるとは。
 親友の底知れない力に唖然とせずにはいられなかった。



「おや、何かお困りですか?」

 聞きなれた涼しい声がして、二人、弾かれたように顔を上げる。
 いつのまにそこにいたのか。
 足音も、気配すら感じさせなかったというのに、今は龍星が口許にからかうような薄い微笑を浮かべて立っていた。

「おお、安倍殿!
 御台様がお呼びですっ」

 猿は驚き訝しむ暇もなく喜んで、さぁさぁと突如現れた龍星を招く。

 龍星はにこり、と、慣れた笑顔を作ると

「折角ですので、遠原殿もご一緒にいかがですか?」

 と、他人行儀な言葉で雅之を誘った。
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