砂糖菓子より甘い恋【加筆修正ver】
 二人を見送ることもせず、龍星は几帳の向こうにいる毬の傍へと近づいた。
 毬は座ったままじっと俯いている。触れ難いほどの切なさを纏って。

 龍星は声を掛けず、抱きしめもせず、ただ、黙ってその姿を見つめていた。

「結局、私は弘徽殿で暮らすことになるの?」

 しばらくの後、痛みを堪えたような、細い声を絞り出す。

「いいえ。
 千様には、病気療養ということで弘徽殿を空けていただくことにした。だから、身代わりは必要ない」

「……でもっ」

 そんな展開、あの男が、帝が納得するとは思えない。

 龍星は何か企みがあるときのように、すぅと形の良い目を眇めた。

「大丈夫。
 折角だから、したい人に入内してもらえばいい。
 それに、左大臣家の姫だって毬だけじゃない。
 他の誰かが入ればいいさ」

 毬は震える手を握り締める。

「そんな風に、私だけが逃げていて良いのかしら」

「何から?あの男から?」

 ぶんぶんと毬は首を横に振る。
 父である左大臣、敵である右大臣。
 そして、姉の千や、右大臣の子供、唯亮に和子。
 皆、それぞれに戦っているのだ。

 自分だけ、蚊帳の外みたいな顔で。
 ずっと、この屋敷で世間から隠れてのうのうと暮らしていて良いのだろうかと。

 毬は、まだ、幼さの残る顔を苦悶に歪ませている。

 龍星は音もなく近づくと、ふわりと背中から毬を抱きしめた。

「毬がここで暮らすことは、何かから逃げていることにはならないよ。
 今日だって果敢に都中の猫と戦ってくれたじゃない」

 最後の言葉には少しからかいの念をこめて、それでもとびきり優しい口調で龍星が言って聞かせる。


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