ミックス・コーヒー
『そう言って逃げる気でしょ』

「違いますって! 明日はホントダメなんですってば!」

『ふうん……まあ、いいわ。次、断ったら、私も考えるからね。覚悟しときなさいよ』

「はい……」

『じゃあね、タカ。愛してるわ、チュッ!』

「あ、どうも……」

『チュッて言うの!』

「え!………………ちゅう」

『オッケー。また今度ね』



 この一分少々ですっかり汗ばんでしまった手で、通話終了の電子音が流れる携帯を握り締め、貴之はぐったりとテーブルの上に倒れこんだ。

「貴之おまえ、どこの誰とネズミゴッコなんかしてんだ」
 尚樹が不思議そうに聞く。

「あー、ネズミゴッコだったらどんなに平和でいいだろなー」

「どうしたんだ、おまえ」

 貴之は、電話の向こうの相手のことは、尚樹はともかく、美葉にはどうしても言えなかった。

 それは、いろいろな理由からだった。
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