君が見たいから ~ Extra ~

 彼もカップを手に頷きながら歩み寄ってきた。

 眺望のよい一角に建てられたマンションの広い窓からは、ソウルの市街地がかなり遠くまで見渡せる。

 そぼ降る雨の中、街並みのいたる所にピンクや黄色や白の花枝が煙るような彩りを添えていた。厳しい冬がようやく過ぎ去る四月半ば、春の訪れと共に街角や住宅の庭に植えられた木の花々、すなわち木蓮、レンギョウ、そして桜がいっせいに花を咲かせるからだ。


「せっかく咲いたばかりの桜が、雨であっという間に散ってしまうわね。そういえば不思議に思ってたんだけど、韓国の人ってお花見はしないの? もったいない気がするわ。日本とおんなじくらい桜がきれいな場所もあるのに」

「お花見?」

 聞き覚えがある、というようにその言葉をオウム返しに繰り返した夫に、そう、お花見よ、と唯は熱心に頷いた。


「日本ではね、毎年桜が咲く季節になるとお花見するの。名所に行けばそれはきれいだけど、もっと近くの公園でも別にかまわないわ。金曜日の夜なんか会社からいっせいに繰り出すのよ。満開の桜の木の下にござを敷いて、お酒飲んだり食べたり、とにかく楽しく大騒ぎするわけ。でもどこの会社も一斉だから、有名どころだと場所をとるのもケッコウ大変でね。今日は花見だって言うその当日は、朝から場所取りに営業あたりから新人が行って陣取ってたり……」

『唯、日本が恋しいのか?』

 ソンウォンが目を細めて、ふいにこう問いかけたので、はっとして口を閉じてしまった。

 自分が日本語で長々としゃべっていたことに、ようやく気が付く。

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