君が見たいから ~ Extra ~

 わたしったら、忙しい時間にいったい何を言ってるのかしら。しっかりしなくちゃ。

 慌てて首を振って、早口の韓国語で言い繕った。

『やだ、ううん、別に何でもないのよ、気にしないで。ソンウォンさん、朝から変なこと言ってごめんなさい』

 少し考え込むように彼は唯の頬を指先でそっと撫でると、いいからゆっくりしてろよ、と呟いた。

 だが、ブリーフケースを取り上げドアから出る直前、急に思い出したように振り返る。少し言いにくそうにこう付け加えた。

『忘れてた。夕べお袋から電話があったんだ。セナの顔が見たいから今日家に連れて来いってね』

『こ、この雨の中を?』

 思わず真顔になって再び窓を見やる。ソンウォンが苦笑した。

『車を使えばいいだろ? もっともあのお袋のことだ。あとで迎えでも寄越すかも知れないな。まぁ、もし行ったらゆっくり食事でもして休んでくればいいさ。お袋の相手は適当にしておけばいいよ』

 もう少し明るい気分の時なら笑って『そうするわ』とでも言えたに違いない。だが今はお世辞にも嬉しそうな顔はできなかった。

 この前、ユ家の邸にセナを連れて行ってから、まだ一週間しか経っていないのに……。

 だが、すでに十二分に重責を担っている彼に、つまらないことでこの上わずらわせたくはなかった。どうにか口の端に笑みを貼り付ける。

『わかったわ、気をつけていってらっしゃい』

 夫を送り出したあと、またもや一つため息をつくと、唯はリビングのソファーに座りこんだ。

< 9 / 65 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop