光のもとでⅠ
「それはできない」
「なぜですか? 期間的にはさほど変わりはありませんでしょう?」
「君の家庭教師は夏休みだけだ。確約を無視する行動は困る」
「っ…………」
「悪いけど、俺は君の友達になったわけでも先輩になったわけでもない。ただ、今年の夏休みに十五日三十時間家庭教師をするだけの人間。それ以上でもそれ以下でもない」
 目から涙を零す女を置き去りにし、俺はロビーをあとにした。
 別に泣かれても困りはしないし何を感じるわけでもない。
 今は秋兄の容態のほうが気になるし、翠の精神状態のほうが気になる。
 ふたつ絡んでの胃潰瘍ともなればなおさらだ。
 秋兄に限っては普段の不摂生というのも胃潰瘍の原因のひとつには上がるだろうけれど……。
 それにしても、柏木高志(かしわぎたかし)――柏木製薬の社長たる人間が仕事先に娘を同伴とはね……。
 常識が欠如しているんじゃないか?
 しかも、こんな早朝に……。
 今日は日曜で病院の通常診察はすべて休みだし、面会は十時以降からとなっている。
 夜勤スタッフは八時で交代になるからまだ残っているとして、製薬会社の社長がこんな時間に仕事で赴くのはおかしいとしか言いようがない。
 あとで父さんに報告したほうがいいな……。
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