光のもとでⅠ
 そして、その珍妙な生き物が写る写真が大量に目の前にある。
 翠がいたるところで無防備に笑顔を晒したせいで、最悪を極めるデータが生徒会に寄せられていた。
 なんだこのバカみたいな枚数……。
 いったい何人に写真撮られてたんだ阿呆……。無防備にもほどがあるだろ。
 文句を言おうと思えばいくらでも言える気がする。
 普段、警戒しなくていい場で警戒するくせに――。
 届いたデータを次々とプリントアウトし、念書の最終確認をしているところ、カウンター内のドアが開き、翠がカメラを片手に出てきた。
 最初にドアから頭だけをひょっこり出してこちらをうかがい見る。
 そんな動作が小動物っぽい。
「あれー? 翠葉ちゃん、どうして? 今日から一年ってキャンプでしょう?」
 気づいた会長がいち早く声をかけた。
 会長の動体視力は大したもので、物が動けばすぐに反応する。
 翠はカウンターの中でなんと答えようか思案中。
 途中、俺の視線に気づいたのか、チラ、とこちらに視線をよこす。
「……体調があまり良くないので不参加なんです」
 また端的な答えを……。
 生徒会に入れば嫌でも知られることになるし、すでにここにある写真が物語っているも同然なのに。
 翠が写っている写真はすべて観覧席だ。
 これだけ撮られているにも関わらず、一枚として試合中の写真がない。
 どこで墓穴を掘ったことに気づくんだか……。
 見てられなくて視線を窓の外へ移した。
「大丈夫なの?」
 嵐が訊くと、
「はい。普通に過ごしている分には問題ないので……」
 少し上ずった声で答える。
 きっと下手な笑顔でも貼り付けているのだろう。
 嘘がつけないのならもう少しうまくごまかすことを覚えればいいものを。
 そこへ、
「……翠葉ちゃん、言いたくないときは言いたくないでいいと思うよ?」
 茜先輩が口を挟んだ。
 この人は人の感情にとても敏感だ。それだけ自身も繊細なのだろう。
 そのうえ、場の収拾をすることにも長けている。
 少し気になって翠の表情を見ると、不安そうな顔をしていた。
「翠葉ちゃんってさ、体育がいつもレポートでしょう? 球技大会にも出てなかったし」
 優太が手に持った写真を見ながら声をかけると、目に見えて「どうしよう」という顔をした。
 嘘も隠し事も下手。それでも、そのルートを選ぶくらいには人に知られたくないのだろう。
 まぁ、あれだけ渋られたものをすんなりとほかの人間に話されるのも面白くはないけど……。
「……あの、私、運動ができないんです。だから、不参加で……」
 目を瞑ってのカミングアウト。
 それに対するメンバーは、「そうなんだ」「なるほど」「それは大変ね」と声を発する。
 そして、
「はい、そこまで!」
 茜先輩がその場を取り仕切る。
「翠葉ちゃん、言いたくないことは言わなくてもいいの。ね?」
 翠はびっくりした顔で茜先輩を見ていた。
「……ありがとうございます」
 とは答えたものの、これ以上何か訊かれないかを危惧している様子。
 まるで外敵に怯える小動物そのもの。
 ……だから、保護したくなる。
「うん。ところで、これ見る?」
 次々とプリントアウトされる写真を茜先輩が翠に見せた。
「翠葉ちゃんの写真、たくさん届いてるよ」
 優太が手に持っているものを翠に見せるとピタリと動作が固まった。
「あはは、固まってる固まってる! 因みにその寝顔、俺が撮ったんだ」
 会長が笑顔で近寄り、
「それ、かわいく撮れてますよねー? さすが写真部部長!」
 嵐がその写真を優太の手から奪った。 
 寝顔……。
 きっとそれはさっき俺がプリントアウトしたもの。
 本来はピンはねに該当する写真。
 うっかり私情を挟んだ。
 ……いいな、と思ったんだ。無防備に、光のもとで気持ち良さそうに寝る表情が。
 普段はめったにお目にかかれない。そんな表情だったから余計に……。
 未だ放心状態の翠の両脇には茜先輩と嵐がついていた。
「翠葉ちゃん、大丈夫よ。翠葉ちゃんの写真を撮った生徒からは念書をもらってるから。絶対に悪用されることはないわ」
「そうそう、今回は茜先輩と翠葉ちゃんの念書を委任されてるからね」
 茜先輩と嵐の言葉に、「ねん、しょ……?」と翠の口が動く。
「毎年あり得ない枚数があがってくるんだけど、あまりにも特定の人間の枚数が多いときは念書書かせて悪用できないようにしてるんだ。対象は女の子に限り、だけどね。で、それが今回は茜と翠葉ちゃん。ま、茜は一年のときから毎回なんだけどさ」
 翠は会長の説明に目を白黒とさせる。
 この制度はきちんと履行されるし、全校生徒にも浸透している。
 だから、そんな怯えた顔をしなくても大丈夫だ。
「ほら、私もいっぱい写ってるでしょう?」
 茜先輩が自分が写っている写真を見せても翠の不安は拭えないよう。
「そこ、ダンボールの中見てみたら?」
 堪えかねて口を挟んだ。
 翠は俺を見てからカウンター内のダンボールまで移動する。と、その中に入っている用紙を見てポカンと口を開けた。
 よくもまぁそこまで表情がコロコロ変わるものだと感心する。
「これ、ちゃんと履行されるから大丈夫よ」
 茜先輩が声をかけても何をしても、翠はしばらくその場から動かなかった。
 こうやって見てる分にはこんなにも無防備極まりないのに、人と接するときには急に警戒包囲網をめぐらせる。
 本人無自覚なのがまた救えない。
 この奇妙な生き物――体のことも不可思議な思考回路も相まって、どうも目が放せない。
 気にかかる存在。
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