光のもとでⅠ
03~06 Side Tsukasa 04
さっきこの部屋を出てから十五分近くは経つか……。
そんなことを考えながらインターホンを押した。
すぐにロックが解除され、中へ入ると秋兄と御園生さんがこちらを見ていた。
さっきと依然変わらない状態で。
「突破口開いたんで、仮眠室に入ります」
そう告げると、
「さすが俺の従弟殿」
と、秋兄が席を立ち仮眠室をノックした。
「翠葉ちゃん、司が入るって言ってるけど……」
「了承なら得てから来たけど?」
「そうは言っても一応声はかけるべきでしょ」
秋兄がドアを開けると、
「えっ!? 電気つけてなかったのっ!?」
仮眠室の照明はついていなかった。
秋兄が照明のスイッチに手をかけると、
「やっ――」
怯えが混じる声がした。
秋兄の後ろからすぐに照明を消す。
「秋兄、いいから……。電気つけなくていいから」
言うと、「あとは任せる」と秋兄の口が動いた。
「翠、入る」
確認のために声をかけると、部屋の突き当たりに座る翠の頭が上下に動くのが確認できた。
しっかりとドアを閉め、蹲るようにして座っている翠のもとまで行く。
室内は小窓から差し込むわずかな光のみ。
まだ完全に陽は落ちていないらしい。
それでも、この部屋はやはり寒いだろう。
なんでベッドじゃなくて床に座ってるかな……。また髪の毛が床についてるし……。
翠には自分の髪の毛が長いという認識がないのだろうか。
思いながら、
「とりあえず……」
と、ベッドの上に置かれていた毛布を肩からすっぽりとかけてやる。
その動作の続きで膝の上に組まれていた手を取る。
両手で、まるでお守りか何かを持つように携帯を握りしめていたその手を。
……やっぱり冷えたか。ご丁寧に手首まで。
電話で訊いたときは無反応だったし。
なんでこんなに世話が焼けるんだか……。
「言っただろ、ここ意外と冷えるって」
困らせる前に手を放しベッドに座る。
「さっきの続き。俺が気になるって言ったのは体調云々の話じゃない。ただ、人間として興味があるって話」
「え……?」
ずっと下を向いていた顔がこちらを見た。
やっと顔が見えたかと思えば、目を大きく見開いて「何?」って顔。
「やっぱり勘違いしてたか……」
目の前にいればわかる。ひとつひとつの反応を見て確認できる。
携帯で話すより確実で安心。
今じゃ携帯も通信手段としては文明の利器と言えるのだろう。けど、翠が相手だとあまり役に立たない。
何しろ、かけてきておきながら話さない人間だし……。
「翠は反応が面白い。話してて返ってくる言葉や、思っていることがそのまま表情に出るのとか。俺の周りにいなかったタイプの人間。だから興味がある」
「人として……?」
呟くように訊き返された。
「そう。だから、死んでほしくはない。もっと自分を大切にしてほしいと思う。それも負担? 迷惑?」
油断したらすぐに下を向かれそうで、やっと見えたその顔が見えなくなりそうで、だから顔をのぞき込んだ。
「いえ……ただ――私は無意識みたいで……」
目が泳ぐってこういうことを言うんだろうな。
明らかな動揺――。
「それ……話せるなら話して。姉さんや秋兄たちから聞くのは癪だから」
今話してくれなかったとしても、ほかの人間から聞くのは絶対に嫌だ。
それなら知らないほうがマシ――。
「自分ではよくわかってなかったんです。具合が悪いのを隠すというか……。ただ、好きな人たちに心配をかけるのが嫌で……」
少しずつ、自分の思いを紡ぐように言葉を選んで話しだす。
普段、ポロっと思ったことを零すのとは全く違う話し方。
これを話すのはそんなに怖いのだろうか。
そう思うくらい、声は小さく、肩は震えているような気がした。
「いつも倒れるたびに迷惑かけるのが嫌で……。そういうときに自分がすごく情けなくなるんです。消えてしまいたくなるほどに。湊先生が言うには、それが具合が悪いことを申告できなくさせてるって……。バイタルチェックの話をされたときにそう言われました。そういうふうに思ってることすべてが不整脈の原因にもなるって……」
心的ストレスから不整脈。よくある話だ。
それに彼女は十二指腸胃潰瘍の治療も受けている。痛み止めの副作用を疑っていたけれど、あわせて心労からもきているのだろう。
……どこまで繊細にできているんだか。
「これをつけないと命の保証ができないって。それは、私が自分を大切にしないいから……。人に助けを求めないから。人から見たら自殺願望に思われてもしかないって」
付けさせたのは姉さんか……。
「言われて初めて――初めて自分のしてることに気づきました」
一瞬泣いてるのかと思った。そのくらいに声が震えていた。
……あぁ、そうか。
自分でもショックだったんだ。だから人に話すことに抵抗があった。
さらには、話した相手が受ける衝撃だとか、そんなことまで考えたのだろう。
大体にして、話すからといって全部を話す必要はないのに、翠は自分をごまかすことはしても、人に対してはそういうことができない。
どこまでも不器用で、どこまでも正直で――どうしてこんな純粋にこの年までやってこれるのかと思う。
十六年も生きてくれば、少しくらい狡さだって覚えるだろ?
「……そんなことだろうと思ってた。翠はうちの生徒のくせに頭悪いな」
ベッドの上から見下ろして言うと、
「……言い返す言葉が見つからなくてちょっとムカつきます」
小さいながらも意外とはっきりとした声で返答した。
「そういう返答、そこらの女子からは返ってこない」
思わず笑みがもれる。
泣きそうな顔をしていたのに、今は少しむっとした顔をしてるんだ。
本当によく表情が変わる。
「バイタルチェックの装置ってどんなの?」
「え……?」
「チェックされてることには気づいた。けど、どういうシステムなのかは知らないから」
装置自体に興味があった。
何よりも秋兄が開発したものだから。
翠は左腕を肘上まで捲り上げた。
ブラウスから現れた細く白すぎる腕にも驚いたけど、その腕にピタリとはまっているシルバーのバングルに目を奪われる。
それは唐草模様を彷彿とさせる曲線のバングルで、アクセサリーとして売られているものの中でも割と凝った部類に入るように見える。
一見して装置という感じは一切受けない。
何よりも、似合っていた。
まるで、そこにはまっているのが当たり前みたいな顔をしてはめられていた。
「秋兄、珍しく凝ったもの作ったな」
そんなふうにしか言えなかった。
ほかにどう言ったらいいのかがわからなくて。
「これで少しは楽になれたの?」
それを苦痛には思ってないのだろうか。
「かなり……。ひとりの行動も許されてしまったし、湊先生がこれは私の代弁装置だって言うくらいには……。今ではパソコンからも携帯からもチェックできるみたいで、湊先生、秋斗さん、蒼兄、両親、栞さんが常にチェックしてくれてます」
「……ならいいんじゃない」
だからひとりで桜香苑に写真を撮りに行ったりできるのか。
何よりも、姉さんや栞さんがチェックしてくれているのなら安心できる。
ふと気づけば翠が俺をじっと見ていた。
最近はあまりこういうことはなかった。けど、何を考えているのかはなんとなくわかる。
どうせ、ろくでもないことだ。
「あのさ……俺のことなんだと思ってるわけ?」
「……今日はすごく優しいなと……」
「……いつも冷たいって?」
翠は迷わずコクリと頷いた。
「翠には甘いほうだと思う」
朝陽に言われたとおり、自分でもそのくらいの自覚はある。
「基本的に、自分から女子には話しかけない」
「え?」
「前にも話したけど、女子はうるさいし面倒だから苦手。でも、翠にはそれを感じないから別枠と認識してる」
そんなことを考えながらインターホンを押した。
すぐにロックが解除され、中へ入ると秋兄と御園生さんがこちらを見ていた。
さっきと依然変わらない状態で。
「突破口開いたんで、仮眠室に入ります」
そう告げると、
「さすが俺の従弟殿」
と、秋兄が席を立ち仮眠室をノックした。
「翠葉ちゃん、司が入るって言ってるけど……」
「了承なら得てから来たけど?」
「そうは言っても一応声はかけるべきでしょ」
秋兄がドアを開けると、
「えっ!? 電気つけてなかったのっ!?」
仮眠室の照明はついていなかった。
秋兄が照明のスイッチに手をかけると、
「やっ――」
怯えが混じる声がした。
秋兄の後ろからすぐに照明を消す。
「秋兄、いいから……。電気つけなくていいから」
言うと、「あとは任せる」と秋兄の口が動いた。
「翠、入る」
確認のために声をかけると、部屋の突き当たりに座る翠の頭が上下に動くのが確認できた。
しっかりとドアを閉め、蹲るようにして座っている翠のもとまで行く。
室内は小窓から差し込むわずかな光のみ。
まだ完全に陽は落ちていないらしい。
それでも、この部屋はやはり寒いだろう。
なんでベッドじゃなくて床に座ってるかな……。また髪の毛が床についてるし……。
翠には自分の髪の毛が長いという認識がないのだろうか。
思いながら、
「とりあえず……」
と、ベッドの上に置かれていた毛布を肩からすっぽりとかけてやる。
その動作の続きで膝の上に組まれていた手を取る。
両手で、まるでお守りか何かを持つように携帯を握りしめていたその手を。
……やっぱり冷えたか。ご丁寧に手首まで。
電話で訊いたときは無反応だったし。
なんでこんなに世話が焼けるんだか……。
「言っただろ、ここ意外と冷えるって」
困らせる前に手を放しベッドに座る。
「さっきの続き。俺が気になるって言ったのは体調云々の話じゃない。ただ、人間として興味があるって話」
「え……?」
ずっと下を向いていた顔がこちらを見た。
やっと顔が見えたかと思えば、目を大きく見開いて「何?」って顔。
「やっぱり勘違いしてたか……」
目の前にいればわかる。ひとつひとつの反応を見て確認できる。
携帯で話すより確実で安心。
今じゃ携帯も通信手段としては文明の利器と言えるのだろう。けど、翠が相手だとあまり役に立たない。
何しろ、かけてきておきながら話さない人間だし……。
「翠は反応が面白い。話してて返ってくる言葉や、思っていることがそのまま表情に出るのとか。俺の周りにいなかったタイプの人間。だから興味がある」
「人として……?」
呟くように訊き返された。
「そう。だから、死んでほしくはない。もっと自分を大切にしてほしいと思う。それも負担? 迷惑?」
油断したらすぐに下を向かれそうで、やっと見えたその顔が見えなくなりそうで、だから顔をのぞき込んだ。
「いえ……ただ――私は無意識みたいで……」
目が泳ぐってこういうことを言うんだろうな。
明らかな動揺――。
「それ……話せるなら話して。姉さんや秋兄たちから聞くのは癪だから」
今話してくれなかったとしても、ほかの人間から聞くのは絶対に嫌だ。
それなら知らないほうがマシ――。
「自分ではよくわかってなかったんです。具合が悪いのを隠すというか……。ただ、好きな人たちに心配をかけるのが嫌で……」
少しずつ、自分の思いを紡ぐように言葉を選んで話しだす。
普段、ポロっと思ったことを零すのとは全く違う話し方。
これを話すのはそんなに怖いのだろうか。
そう思うくらい、声は小さく、肩は震えているような気がした。
「いつも倒れるたびに迷惑かけるのが嫌で……。そういうときに自分がすごく情けなくなるんです。消えてしまいたくなるほどに。湊先生が言うには、それが具合が悪いことを申告できなくさせてるって……。バイタルチェックの話をされたときにそう言われました。そういうふうに思ってることすべてが不整脈の原因にもなるって……」
心的ストレスから不整脈。よくある話だ。
それに彼女は十二指腸胃潰瘍の治療も受けている。痛み止めの副作用を疑っていたけれど、あわせて心労からもきているのだろう。
……どこまで繊細にできているんだか。
「これをつけないと命の保証ができないって。それは、私が自分を大切にしないいから……。人に助けを求めないから。人から見たら自殺願望に思われてもしかないって」
付けさせたのは姉さんか……。
「言われて初めて――初めて自分のしてることに気づきました」
一瞬泣いてるのかと思った。そのくらいに声が震えていた。
……あぁ、そうか。
自分でもショックだったんだ。だから人に話すことに抵抗があった。
さらには、話した相手が受ける衝撃だとか、そんなことまで考えたのだろう。
大体にして、話すからといって全部を話す必要はないのに、翠は自分をごまかすことはしても、人に対してはそういうことができない。
どこまでも不器用で、どこまでも正直で――どうしてこんな純粋にこの年までやってこれるのかと思う。
十六年も生きてくれば、少しくらい狡さだって覚えるだろ?
「……そんなことだろうと思ってた。翠はうちの生徒のくせに頭悪いな」
ベッドの上から見下ろして言うと、
「……言い返す言葉が見つからなくてちょっとムカつきます」
小さいながらも意外とはっきりとした声で返答した。
「そういう返答、そこらの女子からは返ってこない」
思わず笑みがもれる。
泣きそうな顔をしていたのに、今は少しむっとした顔をしてるんだ。
本当によく表情が変わる。
「バイタルチェックの装置ってどんなの?」
「え……?」
「チェックされてることには気づいた。けど、どういうシステムなのかは知らないから」
装置自体に興味があった。
何よりも秋兄が開発したものだから。
翠は左腕を肘上まで捲り上げた。
ブラウスから現れた細く白すぎる腕にも驚いたけど、その腕にピタリとはまっているシルバーのバングルに目を奪われる。
それは唐草模様を彷彿とさせる曲線のバングルで、アクセサリーとして売られているものの中でも割と凝った部類に入るように見える。
一見して装置という感じは一切受けない。
何よりも、似合っていた。
まるで、そこにはまっているのが当たり前みたいな顔をしてはめられていた。
「秋兄、珍しく凝ったもの作ったな」
そんなふうにしか言えなかった。
ほかにどう言ったらいいのかがわからなくて。
「これで少しは楽になれたの?」
それを苦痛には思ってないのだろうか。
「かなり……。ひとりの行動も許されてしまったし、湊先生がこれは私の代弁装置だって言うくらいには……。今ではパソコンからも携帯からもチェックできるみたいで、湊先生、秋斗さん、蒼兄、両親、栞さんが常にチェックしてくれてます」
「……ならいいんじゃない」
だからひとりで桜香苑に写真を撮りに行ったりできるのか。
何よりも、姉さんや栞さんがチェックしてくれているのなら安心できる。
ふと気づけば翠が俺をじっと見ていた。
最近はあまりこういうことはなかった。けど、何を考えているのかはなんとなくわかる。
どうせ、ろくでもないことだ。
「あのさ……俺のことなんだと思ってるわけ?」
「……今日はすごく優しいなと……」
「……いつも冷たいって?」
翠は迷わずコクリと頷いた。
「翠には甘いほうだと思う」
朝陽に言われたとおり、自分でもそのくらいの自覚はある。
「基本的に、自分から女子には話しかけない」
「え?」
「前にも話したけど、女子はうるさいし面倒だから苦手。でも、翠にはそれを感じないから別枠と認識してる」