光のもとでⅠ
「翠葉ちゃんがガラス細工が好きだから?」
秋斗さんに訊かれ、
「当たりです。時々、プレゼントしたものを借りて自室で眺めてたりしますから。……今年は何にしようかな? 灰皿は必要ないし……」
「あ、ごめん。電話が入ったからこのあたりにいてもらえる?」
そう断ると、秋斗さんはショップの外に出た。
窓越しに秋斗さんの姿を見て思う。
桃華さんの言うとおりだ。
会ってみたら何に困るでもなかった。むしろ、普通に話せて楽しいくらい。
あ……きれいなブルーかも。
目に入ったのは卓上に置くタイプのペンホルダー。
ガラスの色と柔らかな曲線が美しい。
手を伸ばすと、人の手と当たった。
「ごめんなさいっ」
謝ると、
「御園生?」
不意に名前を呼ばれて、
「え?」
声の主へと視線をずらすと、知っている人だった。
中学で一緒だった鎌田くん。
残念ながらフルネームでは覚えていないけれど、私が顔と苗字を覚えているだけでもすごい。
鎌田くんは中学三年のときに同じクラスだった人。
髪の毛先がクルンとしているのも変わっていなくて、ただ、少し声が低くなった気がする。
「それ、藤宮の制服……。噂では聞いてたんだ。留年して藤宮に通ってるって。……良かったね」
にこりと笑ってそう言われた。
悪意も何も含まない笑顔。それがわかると、心がすーっと軽くなる。
「うん、そうなの。鎌田くんは……その制服、海新高校?」
「うん」
「……学校、どう?」
「それなり。入りたくて入った高校だけど、やっぱりついていくのに四苦八苦」
「そうなんだ。私も変わらないよ」
彼は中学の同級生の中で普通の男の子だったのを覚えている。
いつでもなんでも一生懸命に取り組んでいた人。
ゆえにからかわれる対象になることも多かった。
掃除の場所が一緒になると、こうして話すことがあった程度だけど、鎌田くんに恐怖を抱いたことはなかった。
「御園生、付き合ってほしいっ。一日だけでもいいからっ」
そう言うと、鎌田くんは真っ赤になった。
「あの、一日って今日だよね? あのね、今日は人と一緒に来ていて、その人を待っているところなの。だから、今日は無理で……ごめんね?」
説明しているところに秋斗さんが戻ってきた。
「翠葉ちゃん、ごめんね。……あれ? 友達?」
秋斗さんの目が険しいものになる。
「秋斗さんっ、あのっ……鎌田くんは大丈夫なの。普通の人。ほかの中学の同級生とは全然違う人だから」
言うと、
「あ、そうなの?」
と、いつもの秋斗さんに戻った。
「今、一日付き合ってほしいって言われたんですけど……。さすがに静さんとの約束をずらすわけにはいかないから……」
「鎌田くんだっけ? 悪いね。このあと、彼女はちょっと外せない用があるんだ」
秋斗さんがそう話すと、
「み、御園生、またねっ」
言いながら足早に去っていった。
その背中を見送りながら思う。
「みんな間が悪いです……。今日、こんな感じのことが三回もあったんですけど……。そのたびに時間取れなくて、一度目は春日先輩にお願いしてしまったし、二度目は秋斗さんと待ち合わせていたときで、今は今でしょう……? 何もなければお手伝いできたんだけどな。どうして今日だったんだろう」
歩きながらぼやくと、秋斗さんがお腹を抱えて笑いだした。
「……何がそんなにおかしいんですか?」
「いや……翠葉ちゃんのスルー力の高さに完敗だよ。その三件ってさ、『付き合ってほしい』って言われたんじゃないの?」
「そうですけど……どうしてわかったんですか?」
「いや、なんとなく……」
「どこかに何かを取りに行くとか、そういう用事だと思ったので時間がないからごめんなさいって断ったんですけど……」
「くっ……かわいそうに、世の男どもめ。この子、えらい鈍いうえに純粋培養なんだから、そんな口説き文句は通用しないよ」
「え……? 口説かれてなんていませんよ?」
何を言っているんだろう、と思ったら、
「今日声をかけてきた三人は、みんな翠葉ちゃんに告白して彼氏になりたい旨を伝えていたんだと思うよ?」
「まさか……。だって、私好きなんて言われてないですよ?」
秋斗さんは目に涙まで浮かべて笑っている。
からかわれている感じはしない。でも、もし秋斗さんが言っていることが正しかったら……。
確か一度目は春日先輩に丸投げしてしまった気が……。二度目は、待ち合わせをしているからここから動けないと答え、三度目は……えっ――鎌田くんっ!?
てっきり誰かのプレゼントを買うのにお買い物に付き合ってほしいっていう意味かと思ってた……。
だって、ウィステリアガーデンって高校生の男の子が来るようなショップじゃないしっ。
私……どれだけ痛い人なんだろう――。
言葉って難しい。ものすごく難しい……。
できれば私に話しかけるときは主語述語目的語あたりを明確にしていただけると助かるのですが……。
しゅんとしていると、
「ま、過ぎたことは仕方ないってことで。ほら、蒼樹のプレゼント選ぶんでしょう?」
「っ……時間、まだ大丈夫ですか?」
「大丈夫。でも、あと十分くらいで出なくちゃかな」
「わ、急ぎます」
さっき見ていたペンホルダーを手にとり、食器売り場に場所を移す。
ここのショップには委託品として作家さんの作品が並ぶ。その中でも"朗元(ろうげん)"さんの作品が好きで、毎年朗元さんのコーヒーカップ&ソーサーをプレゼントしていた。
十二客並ぶ中から目を引いた作品に手を伸ばす。
濃いブルーから淡いブルーへのグラデーションになっているもの。一番濃い部分は黒に見えるほど。
「へぇ……焼き物が好きなの?」
「好きです。でも、この作家さん、朗元さんの作る焼き物が好きなのかな。とてもあたたかくて、手におさまる感じが好き。手に馴染むっていうのかな……? 持ってみますか?」
カップを秋斗さんに渡すと、カップの底にある刻印を見て、
「朗元……?」
と、何か考えているように見えた。そして、しばらくすると、
「もしかしたらこの人知ってるかも……」
「えっ!?」
秋斗さんはにこりと笑む。
「機会があったら会わせてあげるね」
「嬉しい……」
秋斗さんはコーヒーカップを私に返すと、
「翠葉ちゃんの好みならこっちかと思ったけど?」
と、透明な耐熱ガラスにエッジングで模様が描かれたカップを手に取った。
「そうですね……。いつもハーブティーを飲むときはハーブティーの色が見えるカップを選びます」
「でも、蒼樹にはこっち?」
「はい。私はコーヒーを飲みませんが、蒼兄はコーヒーしか飲まないので。それに、蒼兄もこの作家さんのカップは好きみたいで……。プレゼントしてからはこの作家さんのカップしか使っているところを見ません」
「本当に仲良し兄妹なんだなぁ……。よし、じゃぁこっちのカップは仕事部屋に翠葉ちゃん専用のカップとして置こう」
その言葉に驚く。
「そんなっ、悪いですっ。ここのカップ、そんなにお安くもないので……」
私が買うものはカップ&ソーサーで税抜き九千円だ。耐熱ガラスのカップだけだったとしても五千円以上はする。
「大丈夫。これが無駄にならないように翠葉ちゃんが飲みにきてくれればいいだけの話だから」
そう言うと、秋斗さんは私よりも先にレジへ並んでしまった。
秋斗さんに訊かれ、
「当たりです。時々、プレゼントしたものを借りて自室で眺めてたりしますから。……今年は何にしようかな? 灰皿は必要ないし……」
「あ、ごめん。電話が入ったからこのあたりにいてもらえる?」
そう断ると、秋斗さんはショップの外に出た。
窓越しに秋斗さんの姿を見て思う。
桃華さんの言うとおりだ。
会ってみたら何に困るでもなかった。むしろ、普通に話せて楽しいくらい。
あ……きれいなブルーかも。
目に入ったのは卓上に置くタイプのペンホルダー。
ガラスの色と柔らかな曲線が美しい。
手を伸ばすと、人の手と当たった。
「ごめんなさいっ」
謝ると、
「御園生?」
不意に名前を呼ばれて、
「え?」
声の主へと視線をずらすと、知っている人だった。
中学で一緒だった鎌田くん。
残念ながらフルネームでは覚えていないけれど、私が顔と苗字を覚えているだけでもすごい。
鎌田くんは中学三年のときに同じクラスだった人。
髪の毛先がクルンとしているのも変わっていなくて、ただ、少し声が低くなった気がする。
「それ、藤宮の制服……。噂では聞いてたんだ。留年して藤宮に通ってるって。……良かったね」
にこりと笑ってそう言われた。
悪意も何も含まない笑顔。それがわかると、心がすーっと軽くなる。
「うん、そうなの。鎌田くんは……その制服、海新高校?」
「うん」
「……学校、どう?」
「それなり。入りたくて入った高校だけど、やっぱりついていくのに四苦八苦」
「そうなんだ。私も変わらないよ」
彼は中学の同級生の中で普通の男の子だったのを覚えている。
いつでもなんでも一生懸命に取り組んでいた人。
ゆえにからかわれる対象になることも多かった。
掃除の場所が一緒になると、こうして話すことがあった程度だけど、鎌田くんに恐怖を抱いたことはなかった。
「御園生、付き合ってほしいっ。一日だけでもいいからっ」
そう言うと、鎌田くんは真っ赤になった。
「あの、一日って今日だよね? あのね、今日は人と一緒に来ていて、その人を待っているところなの。だから、今日は無理で……ごめんね?」
説明しているところに秋斗さんが戻ってきた。
「翠葉ちゃん、ごめんね。……あれ? 友達?」
秋斗さんの目が険しいものになる。
「秋斗さんっ、あのっ……鎌田くんは大丈夫なの。普通の人。ほかの中学の同級生とは全然違う人だから」
言うと、
「あ、そうなの?」
と、いつもの秋斗さんに戻った。
「今、一日付き合ってほしいって言われたんですけど……。さすがに静さんとの約束をずらすわけにはいかないから……」
「鎌田くんだっけ? 悪いね。このあと、彼女はちょっと外せない用があるんだ」
秋斗さんがそう話すと、
「み、御園生、またねっ」
言いながら足早に去っていった。
その背中を見送りながら思う。
「みんな間が悪いです……。今日、こんな感じのことが三回もあったんですけど……。そのたびに時間取れなくて、一度目は春日先輩にお願いしてしまったし、二度目は秋斗さんと待ち合わせていたときで、今は今でしょう……? 何もなければお手伝いできたんだけどな。どうして今日だったんだろう」
歩きながらぼやくと、秋斗さんがお腹を抱えて笑いだした。
「……何がそんなにおかしいんですか?」
「いや……翠葉ちゃんのスルー力の高さに完敗だよ。その三件ってさ、『付き合ってほしい』って言われたんじゃないの?」
「そうですけど……どうしてわかったんですか?」
「いや、なんとなく……」
「どこかに何かを取りに行くとか、そういう用事だと思ったので時間がないからごめんなさいって断ったんですけど……」
「くっ……かわいそうに、世の男どもめ。この子、えらい鈍いうえに純粋培養なんだから、そんな口説き文句は通用しないよ」
「え……? 口説かれてなんていませんよ?」
何を言っているんだろう、と思ったら、
「今日声をかけてきた三人は、みんな翠葉ちゃんに告白して彼氏になりたい旨を伝えていたんだと思うよ?」
「まさか……。だって、私好きなんて言われてないですよ?」
秋斗さんは目に涙まで浮かべて笑っている。
からかわれている感じはしない。でも、もし秋斗さんが言っていることが正しかったら……。
確か一度目は春日先輩に丸投げしてしまった気が……。二度目は、待ち合わせをしているからここから動けないと答え、三度目は……えっ――鎌田くんっ!?
てっきり誰かのプレゼントを買うのにお買い物に付き合ってほしいっていう意味かと思ってた……。
だって、ウィステリアガーデンって高校生の男の子が来るようなショップじゃないしっ。
私……どれだけ痛い人なんだろう――。
言葉って難しい。ものすごく難しい……。
できれば私に話しかけるときは主語述語目的語あたりを明確にしていただけると助かるのですが……。
しゅんとしていると、
「ま、過ぎたことは仕方ないってことで。ほら、蒼樹のプレゼント選ぶんでしょう?」
「っ……時間、まだ大丈夫ですか?」
「大丈夫。でも、あと十分くらいで出なくちゃかな」
「わ、急ぎます」
さっき見ていたペンホルダーを手にとり、食器売り場に場所を移す。
ここのショップには委託品として作家さんの作品が並ぶ。その中でも"朗元(ろうげん)"さんの作品が好きで、毎年朗元さんのコーヒーカップ&ソーサーをプレゼントしていた。
十二客並ぶ中から目を引いた作品に手を伸ばす。
濃いブルーから淡いブルーへのグラデーションになっているもの。一番濃い部分は黒に見えるほど。
「へぇ……焼き物が好きなの?」
「好きです。でも、この作家さん、朗元さんの作る焼き物が好きなのかな。とてもあたたかくて、手におさまる感じが好き。手に馴染むっていうのかな……? 持ってみますか?」
カップを秋斗さんに渡すと、カップの底にある刻印を見て、
「朗元……?」
と、何か考えているように見えた。そして、しばらくすると、
「もしかしたらこの人知ってるかも……」
「えっ!?」
秋斗さんはにこりと笑む。
「機会があったら会わせてあげるね」
「嬉しい……」
秋斗さんはコーヒーカップを私に返すと、
「翠葉ちゃんの好みならこっちかと思ったけど?」
と、透明な耐熱ガラスにエッジングで模様が描かれたカップを手に取った。
「そうですね……。いつもハーブティーを飲むときはハーブティーの色が見えるカップを選びます」
「でも、蒼樹にはこっち?」
「はい。私はコーヒーを飲みませんが、蒼兄はコーヒーしか飲まないので。それに、蒼兄もこの作家さんのカップは好きみたいで……。プレゼントしてからはこの作家さんのカップしか使っているところを見ません」
「本当に仲良し兄妹なんだなぁ……。よし、じゃぁこっちのカップは仕事部屋に翠葉ちゃん専用のカップとして置こう」
その言葉に驚く。
「そんなっ、悪いですっ。ここのカップ、そんなにお安くもないので……」
私が買うものはカップ&ソーサーで税抜き九千円だ。耐熱ガラスのカップだけだったとしても五千円以上はする。
「大丈夫。これが無駄にならないように翠葉ちゃんが飲みにきてくれればいいだけの話だから」
そう言うと、秋斗さんは私よりも先にレジへ並んでしまった。