光のもとでⅠ
23
真っ直ぐな視線に加えて、「ダメ?」と困ったように笑う。
ほかに何も考えなくていいの?
ただ、側にいるだけでいいの……?
それなら困らないし、悩むことはひとつもない。
「ダメじゃないです……。それなら、困らないです。私も秋斗さんの側にいたいと思うから……」
視線を合わせたまま答えると、視線を逸らしたのは秋斗さんのほうだった。
珍しく視線を落とし、「良かった」と頬を緩ませる。
どんな表情をしているのかまでは見えない。ただ、頬が緩むのだけが見えた。
「秋斗さん……?」
いつもと違う秋斗さんが少し心配で声をかけると、
「何?」
と、返事はくれるものの下を向いたまま。
「あの、大丈夫ですか?」
顔を覗き込もうとしたら、ベッドのマットに顔をうずめて隠された。
窒息するんじゃないか、と不安に思いながら頭を見ていると、ほんの少し頭の向きを変えて、右頬をマットにつけたまま上目遣いで見上げられる。
「たかがこれだけのことに緊張していたって言ったら信じる?」
「えっ!? 秋斗さんが緊張してたって……今、ですか?」
「そう。年甲斐もなく緊張した」
どこか情けないような表情の秋斗さんを見るのは初めてのことで、意外すぎてまじまじと見てしまう。
「視線が痛い……」
そうは言うけれど、ここ数日のことを思えば私の視線なんてかわいいものだと思う。
いつもとは違う秋斗さんが見れたことを嬉しく思うと、少し心が穏やかになった気がした。
「言葉を好きだと思うけど……。でも、型にはめすぎると見えてるものが見えなくなることもあるんですね」
「……そうだね。ただ一緒にいたいってだけなのに、ものすごく大げさに難しく考えていたかもね」
言うと、秋斗さんは体を起こした。
「翠葉ちゃん、シンプルにいこう。一緒にいたいから一緒にいる。それでいい?」
確認するように訊かれ、自然と「はい」と答えることができた。
手に入れるとか抱えるとか、そういうものじゃなかった。
私は幸せを手にするのが怖くて、手に入れる前なら失わなくて済むと思っていたけれど、本当は違うのかもしれない。
ただ、寄り添えば良かっただけなのかもしれない。
たとえば磁石のような作用反作用――そんなものなのかもしれない。
"好きな人"や"恋"。"恋愛"なんて言葉にされると途端にわけがわからなくなる。
でも、"大切な人"ということに変わりはなくて――。
「秋斗さん……」
「ん?」
と、いつもと変わらない穏やかな笑顔を返された。
「秋斗さんは私にとってとても大切な人です。だから……秋斗さんの側にいたいです」
言うと、目を見開いたまま秋斗さんがフリーズした。
「翠葉ちゃん、このタイミングでそれを言う?」
「え……?」
ダメだっただろうか……?
「……もう、本当にわかってないな」
言いながら中腰になると、急に顔を近づけられキスをされた。唇に――。
まるで掠め取られるようなキスを。
「ただ側にいてほしいとは言った。でも、俺は女の子として翠葉ちゃんを見てるんだ。そんなこと言われたらキスをせずにはいられない」
「……あ、れ? 私、何か失敗しましたか?」
顔に熱を持つのがわかる。
「何も失敗はしてないよ。ただ、俺が喜ぶことを言っただけ」
秋斗さんはベッドに腰掛けて笑った。
キスをされたあと、少し放心状態だったのだけど、あまりも笑う秋斗さんが少し憎らしくなって、枕元に置いてあった小さめのクッションを投げつけた。
「本当にごめんってば……。でも、今のは翠葉ちゃんも悪いと思うよ? 男なら誰だってあんなこと言われたらキスくらいするよ」
お布団をぎゅっと握りしめていると、
「キスだけで済んだことに感謝してほしいな」
「……もう、言わない。もう、言いませんっ」
ぷい、と壁側を向いて横になる。
秋斗さんにキスをされたのは三回目。
一度目はこめかみで、二度目は右頬。三度目は唇――。
私のファーストキス……。
秋斗さんは絶対に初めてじゃないし、私はいったい何人目なんだろう……。
そんなこと考えても仕方ないか……。
だって年は九つも離れてるのだ。
「まだ怒ってる?」
背中側からかけられる声に振り向く。
「怒ってないです……」
「なら、どうしてそんな顔をしているの?」
そんな顔……?
言われてはっとした。考えていたことが顔に出ていたのかもしれない。
「それは秘密です」
今考えていたことを知られたくなくて、ごまかすように笑った。
「つらいこと、我慢できないこと、楽しいこと、嬉しいこと――翠葉ちゃんが思ってることや考えていることを全部知りたいと思う。だから、俺にだけは教えてね」
とても真摯な目で言われた。
「はい……そうできたら、嬉しいです」
約束のようで約束ではないようなやりとり。
ドキドキもいっぱいで、緊張するのもいっぱいで、びっくりすることもいっぱいで――。
人を好きになるってとても大変。
でも、好きな気持ちがちゃんと伝わるのは嬉しいかもしれない。
好きという気持ちを伝えてもらえることは、とても幸せなことなのかもしれない。
でも、どこか――何か不安に思うのはどうしてなんだろう。
みんなそうなのかな。同じ、なのかな……。
「あの……」
「何?」
優しい声が返される。
「模試明けにお返事をするって話だったでしょう? でも、さっき全部なしって言ったから、だから、なしでいいんでしょうか?」
秋斗さんは一瞬、「え?」って顔をして、でも、次の瞬間には笑みを深め少し意地悪な表情になった。
「返事をするっていうのは"Yes or No"だよ? それは付き合う付き合わないって話になるけど?」
「あ――」
なんだかまた振り出しに戻ってしまった気がする。
「翠葉ちゃん、付き合うっていうことは一緒にいるっていうことと何も変わらないよ。あまり言葉に惑わされないで?」
「……はい。それなら、やっぱりちゃんとお返事はします。だから、模試明けまで待ってください」
「了解。じゃ、俺はこれで帰るね」
と、部屋を出ていった。
ほかに何も考えなくていいの?
ただ、側にいるだけでいいの……?
それなら困らないし、悩むことはひとつもない。
「ダメじゃないです……。それなら、困らないです。私も秋斗さんの側にいたいと思うから……」
視線を合わせたまま答えると、視線を逸らしたのは秋斗さんのほうだった。
珍しく視線を落とし、「良かった」と頬を緩ませる。
どんな表情をしているのかまでは見えない。ただ、頬が緩むのだけが見えた。
「秋斗さん……?」
いつもと違う秋斗さんが少し心配で声をかけると、
「何?」
と、返事はくれるものの下を向いたまま。
「あの、大丈夫ですか?」
顔を覗き込もうとしたら、ベッドのマットに顔をうずめて隠された。
窒息するんじゃないか、と不安に思いながら頭を見ていると、ほんの少し頭の向きを変えて、右頬をマットにつけたまま上目遣いで見上げられる。
「たかがこれだけのことに緊張していたって言ったら信じる?」
「えっ!? 秋斗さんが緊張してたって……今、ですか?」
「そう。年甲斐もなく緊張した」
どこか情けないような表情の秋斗さんを見るのは初めてのことで、意外すぎてまじまじと見てしまう。
「視線が痛い……」
そうは言うけれど、ここ数日のことを思えば私の視線なんてかわいいものだと思う。
いつもとは違う秋斗さんが見れたことを嬉しく思うと、少し心が穏やかになった気がした。
「言葉を好きだと思うけど……。でも、型にはめすぎると見えてるものが見えなくなることもあるんですね」
「……そうだね。ただ一緒にいたいってだけなのに、ものすごく大げさに難しく考えていたかもね」
言うと、秋斗さんは体を起こした。
「翠葉ちゃん、シンプルにいこう。一緒にいたいから一緒にいる。それでいい?」
確認するように訊かれ、自然と「はい」と答えることができた。
手に入れるとか抱えるとか、そういうものじゃなかった。
私は幸せを手にするのが怖くて、手に入れる前なら失わなくて済むと思っていたけれど、本当は違うのかもしれない。
ただ、寄り添えば良かっただけなのかもしれない。
たとえば磁石のような作用反作用――そんなものなのかもしれない。
"好きな人"や"恋"。"恋愛"なんて言葉にされると途端にわけがわからなくなる。
でも、"大切な人"ということに変わりはなくて――。
「秋斗さん……」
「ん?」
と、いつもと変わらない穏やかな笑顔を返された。
「秋斗さんは私にとってとても大切な人です。だから……秋斗さんの側にいたいです」
言うと、目を見開いたまま秋斗さんがフリーズした。
「翠葉ちゃん、このタイミングでそれを言う?」
「え……?」
ダメだっただろうか……?
「……もう、本当にわかってないな」
言いながら中腰になると、急に顔を近づけられキスをされた。唇に――。
まるで掠め取られるようなキスを。
「ただ側にいてほしいとは言った。でも、俺は女の子として翠葉ちゃんを見てるんだ。そんなこと言われたらキスをせずにはいられない」
「……あ、れ? 私、何か失敗しましたか?」
顔に熱を持つのがわかる。
「何も失敗はしてないよ。ただ、俺が喜ぶことを言っただけ」
秋斗さんはベッドに腰掛けて笑った。
キスをされたあと、少し放心状態だったのだけど、あまりも笑う秋斗さんが少し憎らしくなって、枕元に置いてあった小さめのクッションを投げつけた。
「本当にごめんってば……。でも、今のは翠葉ちゃんも悪いと思うよ? 男なら誰だってあんなこと言われたらキスくらいするよ」
お布団をぎゅっと握りしめていると、
「キスだけで済んだことに感謝してほしいな」
「……もう、言わない。もう、言いませんっ」
ぷい、と壁側を向いて横になる。
秋斗さんにキスをされたのは三回目。
一度目はこめかみで、二度目は右頬。三度目は唇――。
私のファーストキス……。
秋斗さんは絶対に初めてじゃないし、私はいったい何人目なんだろう……。
そんなこと考えても仕方ないか……。
だって年は九つも離れてるのだ。
「まだ怒ってる?」
背中側からかけられる声に振り向く。
「怒ってないです……」
「なら、どうしてそんな顔をしているの?」
そんな顔……?
言われてはっとした。考えていたことが顔に出ていたのかもしれない。
「それは秘密です」
今考えていたことを知られたくなくて、ごまかすように笑った。
「つらいこと、我慢できないこと、楽しいこと、嬉しいこと――翠葉ちゃんが思ってることや考えていることを全部知りたいと思う。だから、俺にだけは教えてね」
とても真摯な目で言われた。
「はい……そうできたら、嬉しいです」
約束のようで約束ではないようなやりとり。
ドキドキもいっぱいで、緊張するのもいっぱいで、びっくりすることもいっぱいで――。
人を好きになるってとても大変。
でも、好きな気持ちがちゃんと伝わるのは嬉しいかもしれない。
好きという気持ちを伝えてもらえることは、とても幸せなことなのかもしれない。
でも、どこか――何か不安に思うのはどうしてなんだろう。
みんなそうなのかな。同じ、なのかな……。
「あの……」
「何?」
優しい声が返される。
「模試明けにお返事をするって話だったでしょう? でも、さっき全部なしって言ったから、だから、なしでいいんでしょうか?」
秋斗さんは一瞬、「え?」って顔をして、でも、次の瞬間には笑みを深め少し意地悪な表情になった。
「返事をするっていうのは"Yes or No"だよ? それは付き合う付き合わないって話になるけど?」
「あ――」
なんだかまた振り出しに戻ってしまった気がする。
「翠葉ちゃん、付き合うっていうことは一緒にいるっていうことと何も変わらないよ。あまり言葉に惑わされないで?」
「……はい。それなら、やっぱりちゃんとお返事はします。だから、模試明けまで待ってください」
「了解。じゃ、俺はこれで帰るね」
と、部屋を出ていった。