光のもとでⅠ
17~19 Side Kaito 01
昨夜、珍しく秋兄から電話があって、俺が恩恵にあやかっている山帳の英語と古典を翠葉に渡すように言われた。
それから、しばらくの間翠葉に警護がつくことも聞いた。
詳しくは知らないけれど、どうやら雅姉ちゃんが絡んでいる模様。
とはいえ、登校は蒼樹さんと一緒、下校は秋兄と一緒、校内では俺や桃華がついている。
だから何が起こるとは思ってはいないけど、当面の間は翠葉がひとりにならにように気を配るように言われた。
で、とりあえず、いつもなら朝練が終わると部室で雑談をしてから教室に行くわけだけど、今日は早々に出てきて翠葉を待ち迎えるべく、桜林館の外周廊下脇は通らずに大学の第二駐車場脇へと歩いていた。
きっと、駐車場から並木道へ上がってくる坂の途中で会えるはず。
そう思ってひょい、と駐車場の方に視線をやると、翠葉と蒼樹さんが仲良く並んで歩いていた。
グッドタイミング!
これは普段の行いがいいせいだろう。
「翠葉、おはよ! 蒼樹さん、おはようございます」
「海斗くん、おはよう。今日は朝練なかったの?」
「いや、部活には行った。今日はこれ渡さなくちゃいけないから先に出てきたんだ」
「何……?」
ノート二冊を取り出し翠葉に渡す。
「秋兄からのプレゼント」
翠葉はノートを前に急に赤面した。
は? なんでノートに赤面……?
「蒼樹さん……これ、何?」
翠葉の顔を指差して、隣に並ぶ蒼樹さんに訊く。と、
「くっ、これはしばらくいじり甲斐がありそうだな」
蒼樹さんはメガネを外して涙を拭きながら笑いだす。
ますますもって意味わかんねぇし。
でも、この赤面ぷり――ちょっと待てよ……?
「えっ!? どういうことっ!? 何、俺、今なんて言った? ――秋兄!? 翠葉、秋兄となんかあったっ!?」
秋兄と口にした途端、翠葉はさらに赤くなりノートで顔を隠す始末だ。
そのうえこのお嬢さん、座り込みましたが……?
訊くまでもないんだけどさ、
「翠葉さん……もしかして、恋、しちゃいましたか?」
しゃがみこみノートで顔を隠す翠葉の頭に向かって訊いてみるも無反応。
……っていうか、応答できないっぽい。
くっ、かわいいじゃねーか。
「蒼樹さん、いいなぁ……。俺もこんな妹なら欲しいっす」
「いいだろ? かなりかわいいぞ」
結構前から秋兄と司に蒼樹さんのシスコンぶりは聞いていた。そしてそれは当たっているとも思う。だって、こんな妹だったら仕方ないよ。俺だって翠葉みたいな妹なら大歓迎だ。
翠葉を見下ろしまじまじと思う。
これが一個上ねぇ……。はっきり言って、見えねぇ……。
「ま、そういうことなんだ。海斗くん、あと頼んでもいいかな?」
「任せてくださいっ!」
「じゃ、翠葉。具合悪くなったらすぐに連絡入れろよ?」
蒼樹さんは翠葉の頭をポンと軽く叩き、大学へと踵を返した。
「翠葉、もういじめないからさ。とりあえず教室行こうよ。ほら、翠葉が座り込むと髪が地面につく」
翠葉の前に手を差し出し、翠葉は躊躇することなくその手をガイドに立ち上がる。
これはちょっとした自慢だったりする。
男が苦手らしい翠葉はクラスの男子が一歩近づくと二歩くらい下がる。それもごく自然に。
本人は意識していないんだろうけど、気づく人間は気づく。
だけど例外が俺と佐野らしく、俺と佐野の手だけは躊躇することなく取ってくれる。さらには自分から近寄ってきてくれる。
これがかわいく思えて仕方ない要因。
翠葉はたぶん俺の恋愛対象にはならない。
けど、ずっと見ていたくなるような子ではあるかもしれない。
なんつーか……うん、やっぱり妹がいたとして、こんな子だったらいいなって感じかな。
あの秋兄が何を思って翠葉を恋愛対象に見ることができたのかは不明。
今まで関係を持ってきた不特定多数の女たちとは明らかに毛色が違うだろう。
何度か街中で見かけたこともあるけど、どの人も美人でスタイルが良くて、どこか"女"を強調しているように思えた。
でも、今俺の隣に並んでるいているコレは……。
視線を翠葉に戻すと頭のてっぺんが見えた。
翠葉はどう見ても美女という感じではないし、女っていう性別を強く感じるわけでもない。
やっぱり俺にはどうしても妹って感じ。
妹、年下の女の子――そんな感じなんだよな……。
ま、顔は間違いなく美少女って言われる類で、そこらの男が振り向くほどにはいい素材。
テニス部の仲間にも、「あの髪の長い子、なんて名前!?」って散々訊かれた。
ほかのクラスのやつにだって未だに訊かれる。
特定の彼氏がいるのかいないのか、その他もろもろ……。
適当にかわしてはいるけど、うちの学年では相当人気があるんじゃないかな?
でも、きっとこいつは全然気づいていないんだろうけど。ほら、基本的にあまり周りが目に入らない子だから。
蒼樹さん、安心していいよ。学校にいる間は俺が見張っててあげるから。
教室に入ると桃華が問題集を解いていた。
いつもより早く来てもらったのは、翠葉の警護をお願いするため。
どうやってもホームルームまでの時間は翠葉に付くことができないから。その時間帯をフォローしてもらうために桃華には話した。
桃華は口も立つが合気道の腕も立つ。
昇段試験を受けていればそこそこまで行っているだろう、というくらいには。
色んな意味で全幅の信頼を寄せている相手。
とりあえず挨拶を済ませると、桃華はすぐに翠葉の顔色を気にした。
「……翠葉、昨日よりも顔色はいいのだけど……。若干血色が良すぎないかしら? ……熱、ないわよね?」
翠葉はというと、顔をブンブンと横に振る。
まださっきの名残か顔が赤い。
もともと色白だから隠しようがなくてちょっとかわいそう。
笑いが堪えられなくて俺が笑い出すと、「ひどい」って顔をして少し睨まれた。
でも、睨まれるというよりかは困っている顔に近い。
「何よ……海斗ひとりで楽しんじゃって。ずるいじゃない」
「翠葉に向かって片っ端から男の名前言ってみ」
しばらく毎朝早く来てもらうお礼くらいにはなるだろう。
ほとんど答えのようなヒントをくれやると、「え?」って顔をして、すぐに「藤宮司」と答えた。
そうだよなぁ……俺が今の桃華なら同じことを言うだろう。
言ってすぐ、翠葉の顔を見るもなんの変化もなし。
「違うのね。……じゃぁ、秋斗先生?」
すぐに秋兄の名前を出すあたりが桃華だと思う。
「……大当たりね?」
言いながら、珍しいことに桃華がポカンとした顔をした。
すげー貴重……。
俺、なんで今携帯とかデジカメとか手にしてないんだろう。
これで写真が撮れてたらしばらくは桃華をからかえたものを……。惜しいことした……。
翠葉はというと、さっきとほぼ同じ。トマトのように真っ赤になって机に突っ伏している。
おかしくて笑えば桃華も笑い出す。
「桃華さんまでひどい……」
そんな翠葉に、
「で、初恋の感想は?」
俺が訊くと、
「……心臓壊れそう」
と、蚊の鳴く声で答えた。
翠葉が言うとしゃれにならないんだけど、それが正直な感想なんだろうな、と思う。
俺が初恋のときってこんなだったかな?
いや、ここまでひどくはなかっただろう。
「じゃぁ、模試明けの答えは決まったのね」
「……それは別、かな」
「……はっ!? なんで? だって両思い確定じゃん」
思わず後ろの席、翠葉の机に身を乗り出して訊いてしまう。
すると、翠葉は改めて困ったな、って顔になった。
こんなときはたいてい体調に関する不安を抱えている。そして、その話をしようかどうやって話そうか躊躇っているんだ。
「……私、テストが終わったら薬漬けだから。きっと、自分のことしか考える余裕なくなっちゃうもの」
ほら、やっぱり。
「……昨日あんな状態だったのは薬のせい? だとしたら、今、意外と平気そうなのは薬をやめたから?」
「ピンポン……。本当はもう飲み始めなくちゃいけないの。でも、そうすると模試どころじゃなくなっちゃうから、湊先生にお願いして一週間ずらしたの。だから、模試明けは欠席が続くかも」
確かに昨日はかなりきつそうだった。でも――。
「そういうときこそ、好きな人が側にいたらがんばれるもんじゃね?」
俺はそう思うんだけど……。
翠葉はやっぱり困った顔をして眉尻を下げる。
そして、視線まで机に落としてしまった。
「秋斗さんは手を差し伸べてくれるのかもしれない。でも、私は何も返せない……。それが嫌だし、何よりもダーク翠葉さん登場って感じの期間なんだよね。そのダークサイドを抑えるのに必死だから、本当にそんな余裕はないんだ」
「バカね……。そんなときは思い切り甘えちゃえばいいのに……。秋斗先生だってそれを望んでるでしょうに」
後ろの席から桃華がすかさず突っ込む。
本当、そのとおりだと思うんだけど。
「……でも、無理。その状態の自分は見られたくないの」
健気って言ったらいいのか、欲がないって言ったらいいのか……。
「本当に困った子だなぁ……」
それしか俺は言えなかった。
「ある意味謙虚すぎるのも問題ね」
あぁ、謙虚って言葉もあったか……。
秋兄、これは結構厳しいかもよ?
なんつーか……翠葉は両思いで終わらせるつもりじゃなかろうか……。
それで満足しちゃうっていうか、その先を望んでないっていうか、その先は全く考えていないというか……。
世の中には色んな意味で難攻不落のお姫様がいると思う。でも、翠葉さんはちょっと特殊すぎるよ。
これをどうやって秋兄が陥落させるのかは、弟の俺として、そして翠葉の友人としては純粋に興味があるかな。
それから、しばらくの間翠葉に警護がつくことも聞いた。
詳しくは知らないけれど、どうやら雅姉ちゃんが絡んでいる模様。
とはいえ、登校は蒼樹さんと一緒、下校は秋兄と一緒、校内では俺や桃華がついている。
だから何が起こるとは思ってはいないけど、当面の間は翠葉がひとりにならにように気を配るように言われた。
で、とりあえず、いつもなら朝練が終わると部室で雑談をしてから教室に行くわけだけど、今日は早々に出てきて翠葉を待ち迎えるべく、桜林館の外周廊下脇は通らずに大学の第二駐車場脇へと歩いていた。
きっと、駐車場から並木道へ上がってくる坂の途中で会えるはず。
そう思ってひょい、と駐車場の方に視線をやると、翠葉と蒼樹さんが仲良く並んで歩いていた。
グッドタイミング!
これは普段の行いがいいせいだろう。
「翠葉、おはよ! 蒼樹さん、おはようございます」
「海斗くん、おはよう。今日は朝練なかったの?」
「いや、部活には行った。今日はこれ渡さなくちゃいけないから先に出てきたんだ」
「何……?」
ノート二冊を取り出し翠葉に渡す。
「秋兄からのプレゼント」
翠葉はノートを前に急に赤面した。
は? なんでノートに赤面……?
「蒼樹さん……これ、何?」
翠葉の顔を指差して、隣に並ぶ蒼樹さんに訊く。と、
「くっ、これはしばらくいじり甲斐がありそうだな」
蒼樹さんはメガネを外して涙を拭きながら笑いだす。
ますますもって意味わかんねぇし。
でも、この赤面ぷり――ちょっと待てよ……?
「えっ!? どういうことっ!? 何、俺、今なんて言った? ――秋兄!? 翠葉、秋兄となんかあったっ!?」
秋兄と口にした途端、翠葉はさらに赤くなりノートで顔を隠す始末だ。
そのうえこのお嬢さん、座り込みましたが……?
訊くまでもないんだけどさ、
「翠葉さん……もしかして、恋、しちゃいましたか?」
しゃがみこみノートで顔を隠す翠葉の頭に向かって訊いてみるも無反応。
……っていうか、応答できないっぽい。
くっ、かわいいじゃねーか。
「蒼樹さん、いいなぁ……。俺もこんな妹なら欲しいっす」
「いいだろ? かなりかわいいぞ」
結構前から秋兄と司に蒼樹さんのシスコンぶりは聞いていた。そしてそれは当たっているとも思う。だって、こんな妹だったら仕方ないよ。俺だって翠葉みたいな妹なら大歓迎だ。
翠葉を見下ろしまじまじと思う。
これが一個上ねぇ……。はっきり言って、見えねぇ……。
「ま、そういうことなんだ。海斗くん、あと頼んでもいいかな?」
「任せてくださいっ!」
「じゃ、翠葉。具合悪くなったらすぐに連絡入れろよ?」
蒼樹さんは翠葉の頭をポンと軽く叩き、大学へと踵を返した。
「翠葉、もういじめないからさ。とりあえず教室行こうよ。ほら、翠葉が座り込むと髪が地面につく」
翠葉の前に手を差し出し、翠葉は躊躇することなくその手をガイドに立ち上がる。
これはちょっとした自慢だったりする。
男が苦手らしい翠葉はクラスの男子が一歩近づくと二歩くらい下がる。それもごく自然に。
本人は意識していないんだろうけど、気づく人間は気づく。
だけど例外が俺と佐野らしく、俺と佐野の手だけは躊躇することなく取ってくれる。さらには自分から近寄ってきてくれる。
これがかわいく思えて仕方ない要因。
翠葉はたぶん俺の恋愛対象にはならない。
けど、ずっと見ていたくなるような子ではあるかもしれない。
なんつーか……うん、やっぱり妹がいたとして、こんな子だったらいいなって感じかな。
あの秋兄が何を思って翠葉を恋愛対象に見ることができたのかは不明。
今まで関係を持ってきた不特定多数の女たちとは明らかに毛色が違うだろう。
何度か街中で見かけたこともあるけど、どの人も美人でスタイルが良くて、どこか"女"を強調しているように思えた。
でも、今俺の隣に並んでるいているコレは……。
視線を翠葉に戻すと頭のてっぺんが見えた。
翠葉はどう見ても美女という感じではないし、女っていう性別を強く感じるわけでもない。
やっぱり俺にはどうしても妹って感じ。
妹、年下の女の子――そんな感じなんだよな……。
ま、顔は間違いなく美少女って言われる類で、そこらの男が振り向くほどにはいい素材。
テニス部の仲間にも、「あの髪の長い子、なんて名前!?」って散々訊かれた。
ほかのクラスのやつにだって未だに訊かれる。
特定の彼氏がいるのかいないのか、その他もろもろ……。
適当にかわしてはいるけど、うちの学年では相当人気があるんじゃないかな?
でも、きっとこいつは全然気づいていないんだろうけど。ほら、基本的にあまり周りが目に入らない子だから。
蒼樹さん、安心していいよ。学校にいる間は俺が見張っててあげるから。
教室に入ると桃華が問題集を解いていた。
いつもより早く来てもらったのは、翠葉の警護をお願いするため。
どうやってもホームルームまでの時間は翠葉に付くことができないから。その時間帯をフォローしてもらうために桃華には話した。
桃華は口も立つが合気道の腕も立つ。
昇段試験を受けていればそこそこまで行っているだろう、というくらいには。
色んな意味で全幅の信頼を寄せている相手。
とりあえず挨拶を済ませると、桃華はすぐに翠葉の顔色を気にした。
「……翠葉、昨日よりも顔色はいいのだけど……。若干血色が良すぎないかしら? ……熱、ないわよね?」
翠葉はというと、顔をブンブンと横に振る。
まださっきの名残か顔が赤い。
もともと色白だから隠しようがなくてちょっとかわいそう。
笑いが堪えられなくて俺が笑い出すと、「ひどい」って顔をして少し睨まれた。
でも、睨まれるというよりかは困っている顔に近い。
「何よ……海斗ひとりで楽しんじゃって。ずるいじゃない」
「翠葉に向かって片っ端から男の名前言ってみ」
しばらく毎朝早く来てもらうお礼くらいにはなるだろう。
ほとんど答えのようなヒントをくれやると、「え?」って顔をして、すぐに「藤宮司」と答えた。
そうだよなぁ……俺が今の桃華なら同じことを言うだろう。
言ってすぐ、翠葉の顔を見るもなんの変化もなし。
「違うのね。……じゃぁ、秋斗先生?」
すぐに秋兄の名前を出すあたりが桃華だと思う。
「……大当たりね?」
言いながら、珍しいことに桃華がポカンとした顔をした。
すげー貴重……。
俺、なんで今携帯とかデジカメとか手にしてないんだろう。
これで写真が撮れてたらしばらくは桃華をからかえたものを……。惜しいことした……。
翠葉はというと、さっきとほぼ同じ。トマトのように真っ赤になって机に突っ伏している。
おかしくて笑えば桃華も笑い出す。
「桃華さんまでひどい……」
そんな翠葉に、
「で、初恋の感想は?」
俺が訊くと、
「……心臓壊れそう」
と、蚊の鳴く声で答えた。
翠葉が言うとしゃれにならないんだけど、それが正直な感想なんだろうな、と思う。
俺が初恋のときってこんなだったかな?
いや、ここまでひどくはなかっただろう。
「じゃぁ、模試明けの答えは決まったのね」
「……それは別、かな」
「……はっ!? なんで? だって両思い確定じゃん」
思わず後ろの席、翠葉の机に身を乗り出して訊いてしまう。
すると、翠葉は改めて困ったな、って顔になった。
こんなときはたいてい体調に関する不安を抱えている。そして、その話をしようかどうやって話そうか躊躇っているんだ。
「……私、テストが終わったら薬漬けだから。きっと、自分のことしか考える余裕なくなっちゃうもの」
ほら、やっぱり。
「……昨日あんな状態だったのは薬のせい? だとしたら、今、意外と平気そうなのは薬をやめたから?」
「ピンポン……。本当はもう飲み始めなくちゃいけないの。でも、そうすると模試どころじゃなくなっちゃうから、湊先生にお願いして一週間ずらしたの。だから、模試明けは欠席が続くかも」
確かに昨日はかなりきつそうだった。でも――。
「そういうときこそ、好きな人が側にいたらがんばれるもんじゃね?」
俺はそう思うんだけど……。
翠葉はやっぱり困った顔をして眉尻を下げる。
そして、視線まで机に落としてしまった。
「秋斗さんは手を差し伸べてくれるのかもしれない。でも、私は何も返せない……。それが嫌だし、何よりもダーク翠葉さん登場って感じの期間なんだよね。そのダークサイドを抑えるのに必死だから、本当にそんな余裕はないんだ」
「バカね……。そんなときは思い切り甘えちゃえばいいのに……。秋斗先生だってそれを望んでるでしょうに」
後ろの席から桃華がすかさず突っ込む。
本当、そのとおりだと思うんだけど。
「……でも、無理。その状態の自分は見られたくないの」
健気って言ったらいいのか、欲がないって言ったらいいのか……。
「本当に困った子だなぁ……」
それしか俺は言えなかった。
「ある意味謙虚すぎるのも問題ね」
あぁ、謙虚って言葉もあったか……。
秋兄、これは結構厳しいかもよ?
なんつーか……翠葉は両思いで終わらせるつもりじゃなかろうか……。
それで満足しちゃうっていうか、その先を望んでないっていうか、その先は全く考えていないというか……。
世の中には色んな意味で難攻不落のお姫様がいると思う。でも、翠葉さんはちょっと特殊すぎるよ。
これをどうやって秋兄が陥落させるのかは、弟の俺として、そして翠葉の友人としては純粋に興味があるかな。