光のもとでⅠ
18~23 Side Akito 04
部屋を出てすぐのとこにある籐椅子に腰掛ける。
庭に視線を移せば、芝生に西日が当たってオレンジ色に発色しているように見えた。
庭には彩り豊かな花が咲き誇っている。
奥にある木はノウゼンカズラ、その隣は木蓮、そして、あの独特な木の表面は百日紅だろう。
そんなことを考えているとドアがそっと開き、彼女は顔だけをひょっこりと出してこちらをうかがう。
髪の毛は左サイドでひとつに結わえてあった。
髪をまとめると、普段より少し大人っぽく見えなくもない。
「ごめんね。気が利かなくて」
彼女は頭を横に振った。
「あの、栞さんは?」
なるほど、栞ちゃんを探すためにきょろきょろしていたのか。
「僕がいるならって、少し買い出しに出てるよ。……起きていられるの?」
「……少しなら」
「ベッドの方が楽?」
自分の背後にあるベッドを振り返り、何かを考えているようだ。
ま、普通は男を寝室に入れるなんてことはそうそうないよな。
「できれば……」
と、返答にびっくりして席を立つ。
いやいやいや、やましいことは何も考えまい。考えないように精進しよう。
彼女はベッドへ戻ると枕元にあるリモコンを操作してベッドを起こした。
「そのベッド、電動だったんだ?」
見かけはパイン素材でできた普通のベッドにしか見えない。これは間違いなく特注だろう。
何よりも零樹さんがつくる家は何かしらカラクリがあることに定評がある。
ただ、この部屋は蒼樹のデザインだから、そこまでの仕掛けはないだろう。
どちらかというならば、いかに彼女が過ごしやすい部屋か、という部分に重点が置かれているような気がした。
「私も退院してきたときは全然気づかなくて、数日後になんのリモコンかと思って操作したらベッドが上下に動くし、背もたれ部分が起きるしで、びっくりしました」
「誰も教えてくれなかったの?」
「はい。びっくり箱だよって、具合がいいときに色々いじってごらんって言われただけです」
「なんとも零樹さんに碧さん、蒼樹らしいね」
「そういえば、秋斗さんお仕事は?」
不思議そうな顔で尋ねられた。
「今日の分は終わらせてきたよ。それに、もう五時半。翠葉ちゃんは眠り姫だったね」
今日はずいぶんと長い間彼女を見つめることができた。
そんなことに幸福を感じていると、
「何時にいらしたんですか……?」
と、上目遣いで尋ねられる。
「四時半かな」
「……起こしてくれれば良かったのに」
「そんなもったいないことはできません」
「もったいない、ですか?」
「だって、普段じゃこんなに思うぞんぶん見つめられないからね。起きてる翠葉ちゃんをじっと見ていたらすぐに顔を逸らされちゃうか、テーブルに突っ伏すでしょう?」
いつものように顔を下に向けるも、今日は髪の毛を結っている。
それが幸いして――いや、彼女にしてみたら災いか、今となっては首筋まで真っ赤なのが見て取れる。
ほんのりと赤みをさす肌理細やかな肌は余計にそそられるものがある。
「髪の毛、結んでるのもいいね? 首筋がきれいに見えてそそられる」
顔を上げられずにいる彼女を見てクスクスと笑っていると、背後から声がした。
「……先輩、調子に乗りすぎ。人の妹になんてこと言うんですか」
その声に反射的に顔を上げ、「蒼兄っ!」と目を輝かせた彼女。
「あーあ……。せっかくお姫様とふたりきりだったのに。お兄様のご帰還だ」
なんて茶化してみたけれど、本当は帰ってきたのには気づいていた。
気づいていつつも、少し本音をもらしてしまったわけで……。
話を逸らすために盗難チェックの報告をするも、
「それはどうも」
と、ベッドまで来て俺と彼女の間に入りベッドに腰掛ける。
蒼樹の影に隠れて彼女が全く見えなくなってしまった。
「蒼樹……。邪魔だよ?」
蒼樹はにこりと笑って、「邪魔してるんです」と答えた。
蒼樹の後ろからクスクスと彼女の笑い声が聞こえてくる。
その声に蒼樹が振り返り、
「少しは調子がいいみたいだな」
「うん。本当についさっきまで寝ていたの。私、今日は面白いくらい何もしてないよ」
面白いくらいに彼女の声しか聞こえない。
そこで、切り札を出すことにした。
「翠葉ちゃん、これ。簾条さんから預かってきたよ」
蔵元から頼まれた資料を送るために一度学校に寄った際、図書棟を出たところで簾条さんに声をかけられた。
「秋斗先生、これ今日の授業のノートなんですけど、翠葉に届けていただけますか?」
遠慮気味に、しかし笑顔を添えることは忘れずに差し出された。
普通なら蒼樹に持っていくだろう、と思いつつ、そのクリアファイルを受け取った。
「もし、秋斗先生が無理なようでしたら蒼樹さんに渡していただいてかまいませんので……。お引止めして申し訳ございませんでした」
と、丁寧にお辞儀をして去っていった。
なんとなく裏を感じなくもなかったけれど、もともと彼女の家へは向かう予定だったし、とくに何を言うことなく快諾した。
彼女は蒼樹の影から顔だけを出して、俺の手にあるクリアファイルを確認しているよう。
蒼樹も気が済んだのか、座る位置をずらした。
やっと彼女が視界に入る。
ベッドに寄りかかるようにして、こちらを向いて座っていた。
クリアファイルを手にすると、ルーズリーフを取り出しそれらを眺める。パラパラとめくっていくと、小さなメモ用紙がひらりと落ちた。
自分の足元に落ちたそれを拾うと、自然と文面が目に入る。
Dear. 翠葉
お見舞いにちょうどいいかと思って、
秋斗先生に持っていってもらえるか頼んでみたの。
届けてくれるのは蒼樹さんかしら?
それとも秋斗先生かしら?
From. 桃華
くっ……何かあるとは思っていたけど、やられたな。
彼女にそのメモ用紙を渡せば、
「ありがとうございます」
と、そのメモを目にして固まる。
「翠葉ちゃんの友達って気が利くよね」
彼女は新たに顔を赤くして下を向いた。
庭に視線を移せば、芝生に西日が当たってオレンジ色に発色しているように見えた。
庭には彩り豊かな花が咲き誇っている。
奥にある木はノウゼンカズラ、その隣は木蓮、そして、あの独特な木の表面は百日紅だろう。
そんなことを考えているとドアがそっと開き、彼女は顔だけをひょっこりと出してこちらをうかがう。
髪の毛は左サイドでひとつに結わえてあった。
髪をまとめると、普段より少し大人っぽく見えなくもない。
「ごめんね。気が利かなくて」
彼女は頭を横に振った。
「あの、栞さんは?」
なるほど、栞ちゃんを探すためにきょろきょろしていたのか。
「僕がいるならって、少し買い出しに出てるよ。……起きていられるの?」
「……少しなら」
「ベッドの方が楽?」
自分の背後にあるベッドを振り返り、何かを考えているようだ。
ま、普通は男を寝室に入れるなんてことはそうそうないよな。
「できれば……」
と、返答にびっくりして席を立つ。
いやいやいや、やましいことは何も考えまい。考えないように精進しよう。
彼女はベッドへ戻ると枕元にあるリモコンを操作してベッドを起こした。
「そのベッド、電動だったんだ?」
見かけはパイン素材でできた普通のベッドにしか見えない。これは間違いなく特注だろう。
何よりも零樹さんがつくる家は何かしらカラクリがあることに定評がある。
ただ、この部屋は蒼樹のデザインだから、そこまでの仕掛けはないだろう。
どちらかというならば、いかに彼女が過ごしやすい部屋か、という部分に重点が置かれているような気がした。
「私も退院してきたときは全然気づかなくて、数日後になんのリモコンかと思って操作したらベッドが上下に動くし、背もたれ部分が起きるしで、びっくりしました」
「誰も教えてくれなかったの?」
「はい。びっくり箱だよって、具合がいいときに色々いじってごらんって言われただけです」
「なんとも零樹さんに碧さん、蒼樹らしいね」
「そういえば、秋斗さんお仕事は?」
不思議そうな顔で尋ねられた。
「今日の分は終わらせてきたよ。それに、もう五時半。翠葉ちゃんは眠り姫だったね」
今日はずいぶんと長い間彼女を見つめることができた。
そんなことに幸福を感じていると、
「何時にいらしたんですか……?」
と、上目遣いで尋ねられる。
「四時半かな」
「……起こしてくれれば良かったのに」
「そんなもったいないことはできません」
「もったいない、ですか?」
「だって、普段じゃこんなに思うぞんぶん見つめられないからね。起きてる翠葉ちゃんをじっと見ていたらすぐに顔を逸らされちゃうか、テーブルに突っ伏すでしょう?」
いつものように顔を下に向けるも、今日は髪の毛を結っている。
それが幸いして――いや、彼女にしてみたら災いか、今となっては首筋まで真っ赤なのが見て取れる。
ほんのりと赤みをさす肌理細やかな肌は余計にそそられるものがある。
「髪の毛、結んでるのもいいね? 首筋がきれいに見えてそそられる」
顔を上げられずにいる彼女を見てクスクスと笑っていると、背後から声がした。
「……先輩、調子に乗りすぎ。人の妹になんてこと言うんですか」
その声に反射的に顔を上げ、「蒼兄っ!」と目を輝かせた彼女。
「あーあ……。せっかくお姫様とふたりきりだったのに。お兄様のご帰還だ」
なんて茶化してみたけれど、本当は帰ってきたのには気づいていた。
気づいていつつも、少し本音をもらしてしまったわけで……。
話を逸らすために盗難チェックの報告をするも、
「それはどうも」
と、ベッドまで来て俺と彼女の間に入りベッドに腰掛ける。
蒼樹の影に隠れて彼女が全く見えなくなってしまった。
「蒼樹……。邪魔だよ?」
蒼樹はにこりと笑って、「邪魔してるんです」と答えた。
蒼樹の後ろからクスクスと彼女の笑い声が聞こえてくる。
その声に蒼樹が振り返り、
「少しは調子がいいみたいだな」
「うん。本当についさっきまで寝ていたの。私、今日は面白いくらい何もしてないよ」
面白いくらいに彼女の声しか聞こえない。
そこで、切り札を出すことにした。
「翠葉ちゃん、これ。簾条さんから預かってきたよ」
蔵元から頼まれた資料を送るために一度学校に寄った際、図書棟を出たところで簾条さんに声をかけられた。
「秋斗先生、これ今日の授業のノートなんですけど、翠葉に届けていただけますか?」
遠慮気味に、しかし笑顔を添えることは忘れずに差し出された。
普通なら蒼樹に持っていくだろう、と思いつつ、そのクリアファイルを受け取った。
「もし、秋斗先生が無理なようでしたら蒼樹さんに渡していただいてかまいませんので……。お引止めして申し訳ございませんでした」
と、丁寧にお辞儀をして去っていった。
なんとなく裏を感じなくもなかったけれど、もともと彼女の家へは向かう予定だったし、とくに何を言うことなく快諾した。
彼女は蒼樹の影から顔だけを出して、俺の手にあるクリアファイルを確認しているよう。
蒼樹も気が済んだのか、座る位置をずらした。
やっと彼女が視界に入る。
ベッドに寄りかかるようにして、こちらを向いて座っていた。
クリアファイルを手にすると、ルーズリーフを取り出しそれらを眺める。パラパラとめくっていくと、小さなメモ用紙がひらりと落ちた。
自分の足元に落ちたそれを拾うと、自然と文面が目に入る。
Dear. 翠葉
お見舞いにちょうどいいかと思って、
秋斗先生に持っていってもらえるか頼んでみたの。
届けてくれるのは蒼樹さんかしら?
それとも秋斗先生かしら?
From. 桃華
くっ……何かあるとは思っていたけど、やられたな。
彼女にそのメモ用紙を渡せば、
「ありがとうございます」
と、そのメモを目にして固まる。
「翠葉ちゃんの友達って気が利くよね」
彼女は新たに顔を赤くして下を向いた。