光のもとでⅠ
04
今、何時だろう……? かなりぐっすりと寝た気がする。
途中、お昼ご飯に起こされて、お素麺を少し食べるとまた横になった。
サイドテーブルに置いてあった携帯を見ると三時半前。
ディスプレイに表示されるバイタルは、体温が三十六度。血圧は七十五の五十八。
「脈圧がないな……」
これは慎重に動かないとすぐに眩暈に襲われることだろう。
それらを肝に銘じ、出かける準備を始める。
準備と言っても髪の毛を梳かして洋服を着替えるだけ。
今日はホテルでご飯だからワンピースが無難かな。
水色のノースリーブに白いカーディガン。それに白いバッグと白いサンダルでいいだろう。
用意を済ませて時計を見ると三時五十分だった。
リビングに出ると、蒼兄が窓際の籐椅子でコーヒーを飲んでいた。
水色地に白いストライプが入ったシャツ。その上にはチャコールグレーのスーツ。
薄いグレーのストライプが入っているけどあまり目立たず、それでいて蒼兄の身長をより高く見せてくれるような、そんなスーツ。
けれどもネクタイはしていない。
今日も個室の予約を取ってあるから、そこまできっちりとした服装でなくても大丈夫なのかもしれに。
「蒼兄、格好いいね」
手にしていた資料から顔を上げ、
「なんだ急に」
「ううん、なんとなく」
「体調は? 数値はかなり下がってきてるけど」
「うん、気をつけて行動しなくちゃね。あと少しだから……」
「……少し早いけど出るか」
「うん」
日曜日の夕方ということもあり、国道は意外と混んでいた。
「ま、日曜日だし、こんなものだろうな。家を早くに出て良かったよ」
のろのろと走る車内で、
「ねぇ、蒼兄……」
「どうした?」
ちらりとこちらを向いて訊かれる。
蒼兄は九つも年下の女の子を好きになるだろうか……。
「翠葉?」
「……九つも年下って、やっぱり幼く見える?」
「秋斗先輩のこと?」
「……うん」
「それは人それぞれだと思うけど……。でも、好きになるのに年は関係ないと思うよ」
「そっか……」
「高校生や十代のうちは気になるかもしれない。でも、二十代三十代になると関係なくなっちゃうんだよ」
「そうなの?」
「うん。俺の知ってる教授は十三歳年下の奥さんだって」
「えっ!?」
「年の差がある夫婦なんてたくさんいるよ」
そういうものなんだ……。
「じゃぁ――秋斗さんが不特定多数の人とお付き合いしてたっていうのも、本当……?」
「っ!? 翠葉、それ、誰に聞いた?」
運転中にも関わらず、蒼兄が私を見た。
「秋斗さん本人……」
「……そっか。自分で話したのか……。先輩らしいかな」
視線を前に戻してそんなふうに言う。
「不特定多数の人と付き合ってたっていうのは本当だと思う。でも、今は間違いなく翠葉一筋だよ」
「……うん、そうも言われた」
「信じられない?」
「違う……。ただ、なんとなく訊きたかったの」
「……俺が先輩を牽制していた理由はそれ。翠葉にまで手を出されたら困るから。でも……あの人の本気を初めて目の当たりにしたんだ。だから今は静観してる」
そう、なのね……。
「翠葉、誰もがみんな過去があってこその今の自分だと思わないか? 考えるべきは過去じゃなくてこれからの未来だと思うけどな。翠葉は自分の気持ちに素直になればいいだけだよ」
「……うん」
蒼兄に話しても拭いきれないこの不安はなんなのだろう。
考えているうちにホテルのパーキングに着いた。
ここから駅までは十分ほど歩く。
地下駐車場から地上に出ると、蒼兄はどこかへ電話をかけた。早々に済ませると駅へ向かって歩きだす。
日曜日の夕方なのに、人が途絶えることなく歩いている。
普段人ごみは避けているため、混んでいるところを歩くのは慣れていない。
「翠葉、手」
言われて、右手を取られた。
そうでもしなければ間違いなくはぐれていただろう。
つながれた手を頼りに前へ進み、デパートの入り口に着いてため息。
駅前のデパートということもあり、出入り口やホールでは待ち合わせをする人が多いのかもしれない。
「人、多いね」
「そうだな……。翠葉の好きなショップで待とうか」
「うん」
ここは先日蒼兄の誕生日プレゼントを買いにきたデパート。ウィステリアデパートというのだから、例にもれず藤宮グループの傘下だろう。
このデパートにはお母さんとお父さんの御用達ショップが入っている。
私が好きな雑貨屋さんは四階の一番端にあるお店。
華美でも派手な売り出し方もしておらず、ひっそりとしたお店のため、前を通り過ぎる人のほうが多いかもしれない。
その店内には一番奥にお茶を飲めるスペースがある。
ショップに入ると店員さんに、「いらっしゃいませ」と声をかけられた。
その人は、蒼兄のプレゼントを買うときにラッピングをしてくれた人だった。
「こんにちは。奥のテーブル空いてますか?」
「はい、空いております」
店員さんに案内されてショップの奥へ行く途中、朗元さんの新作が目に入った。
「つい先ほど入荷したんですよ」
と、店員さんが教えてくれる。
その場に立ち止まったとき、蒼兄の携帯が鳴り出した。
「もしもし。――あ、今四階にいるんだけど。――わかった、じゃエスカレーターの前で待ってる」
蒼兄の顔を見ていると、
「翠葉はここにいていいよ。俺はちょっとそこまで迎えに行ってくるから」
と、ショップを出ていった。
途中、お昼ご飯に起こされて、お素麺を少し食べるとまた横になった。
サイドテーブルに置いてあった携帯を見ると三時半前。
ディスプレイに表示されるバイタルは、体温が三十六度。血圧は七十五の五十八。
「脈圧がないな……」
これは慎重に動かないとすぐに眩暈に襲われることだろう。
それらを肝に銘じ、出かける準備を始める。
準備と言っても髪の毛を梳かして洋服を着替えるだけ。
今日はホテルでご飯だからワンピースが無難かな。
水色のノースリーブに白いカーディガン。それに白いバッグと白いサンダルでいいだろう。
用意を済ませて時計を見ると三時五十分だった。
リビングに出ると、蒼兄が窓際の籐椅子でコーヒーを飲んでいた。
水色地に白いストライプが入ったシャツ。その上にはチャコールグレーのスーツ。
薄いグレーのストライプが入っているけどあまり目立たず、それでいて蒼兄の身長をより高く見せてくれるような、そんなスーツ。
けれどもネクタイはしていない。
今日も個室の予約を取ってあるから、そこまできっちりとした服装でなくても大丈夫なのかもしれに。
「蒼兄、格好いいね」
手にしていた資料から顔を上げ、
「なんだ急に」
「ううん、なんとなく」
「体調は? 数値はかなり下がってきてるけど」
「うん、気をつけて行動しなくちゃね。あと少しだから……」
「……少し早いけど出るか」
「うん」
日曜日の夕方ということもあり、国道は意外と混んでいた。
「ま、日曜日だし、こんなものだろうな。家を早くに出て良かったよ」
のろのろと走る車内で、
「ねぇ、蒼兄……」
「どうした?」
ちらりとこちらを向いて訊かれる。
蒼兄は九つも年下の女の子を好きになるだろうか……。
「翠葉?」
「……九つも年下って、やっぱり幼く見える?」
「秋斗先輩のこと?」
「……うん」
「それは人それぞれだと思うけど……。でも、好きになるのに年は関係ないと思うよ」
「そっか……」
「高校生や十代のうちは気になるかもしれない。でも、二十代三十代になると関係なくなっちゃうんだよ」
「そうなの?」
「うん。俺の知ってる教授は十三歳年下の奥さんだって」
「えっ!?」
「年の差がある夫婦なんてたくさんいるよ」
そういうものなんだ……。
「じゃぁ――秋斗さんが不特定多数の人とお付き合いしてたっていうのも、本当……?」
「っ!? 翠葉、それ、誰に聞いた?」
運転中にも関わらず、蒼兄が私を見た。
「秋斗さん本人……」
「……そっか。自分で話したのか……。先輩らしいかな」
視線を前に戻してそんなふうに言う。
「不特定多数の人と付き合ってたっていうのは本当だと思う。でも、今は間違いなく翠葉一筋だよ」
「……うん、そうも言われた」
「信じられない?」
「違う……。ただ、なんとなく訊きたかったの」
「……俺が先輩を牽制していた理由はそれ。翠葉にまで手を出されたら困るから。でも……あの人の本気を初めて目の当たりにしたんだ。だから今は静観してる」
そう、なのね……。
「翠葉、誰もがみんな過去があってこその今の自分だと思わないか? 考えるべきは過去じゃなくてこれからの未来だと思うけどな。翠葉は自分の気持ちに素直になればいいだけだよ」
「……うん」
蒼兄に話しても拭いきれないこの不安はなんなのだろう。
考えているうちにホテルのパーキングに着いた。
ここから駅までは十分ほど歩く。
地下駐車場から地上に出ると、蒼兄はどこかへ電話をかけた。早々に済ませると駅へ向かって歩きだす。
日曜日の夕方なのに、人が途絶えることなく歩いている。
普段人ごみは避けているため、混んでいるところを歩くのは慣れていない。
「翠葉、手」
言われて、右手を取られた。
そうでもしなければ間違いなくはぐれていただろう。
つながれた手を頼りに前へ進み、デパートの入り口に着いてため息。
駅前のデパートということもあり、出入り口やホールでは待ち合わせをする人が多いのかもしれない。
「人、多いね」
「そうだな……。翠葉の好きなショップで待とうか」
「うん」
ここは先日蒼兄の誕生日プレゼントを買いにきたデパート。ウィステリアデパートというのだから、例にもれず藤宮グループの傘下だろう。
このデパートにはお母さんとお父さんの御用達ショップが入っている。
私が好きな雑貨屋さんは四階の一番端にあるお店。
華美でも派手な売り出し方もしておらず、ひっそりとしたお店のため、前を通り過ぎる人のほうが多いかもしれない。
その店内には一番奥にお茶を飲めるスペースがある。
ショップに入ると店員さんに、「いらっしゃいませ」と声をかけられた。
その人は、蒼兄のプレゼントを買うときにラッピングをしてくれた人だった。
「こんにちは。奥のテーブル空いてますか?」
「はい、空いております」
店員さんに案内されてショップの奥へ行く途中、朗元さんの新作が目に入った。
「つい先ほど入荷したんですよ」
と、店員さんが教えてくれる。
その場に立ち止まったとき、蒼兄の携帯が鳴り出した。
「もしもし。――あ、今四階にいるんだけど。――わかった、じゃエスカレーターの前で待ってる」
蒼兄の顔を見ていると、
「翠葉はここにいていいよ。俺はちょっとそこまで迎えに行ってくるから」
と、ショップを出ていった。