光のもとでⅠ
08~11 Side Akito 03話
薬を取り出す彼女に、
「このあと何かしたいことある?」
訊いてみると、彼女は時計を確認したあと手元に視線を落とす。
そして思い立ったかのように、
「……写真。……秋斗さんのアルバムが見たいです」
「アルバムかぁ……。こっちに持ってきてたかな?」
席を立って思う。
翠葉ちゃん、君、今自分からトラップにはまったよ? と……。
唯一リビングダイニングから入れる部屋のドアを開ける。その部屋は主寝室。
あえて彼女の気を引くためにドアを開けたままにしておく。
彼女の場所からだと入り口のあたりしか見えないだろう。でも、インテリアが気になる彼女ならきっと席を立つ。
本棚からアルバムをいくつか取り出し、ちら、とドアの方を見ると、案の定彼女がドアのところまでやってきていた。
俺はおいでおいでとこちらに誘い込む。彼女は何を疑うことなく俺の隣に座った。
「さすがに幼少期の写真はないけど」
と、普通を装いひとつのアルバムを開く。
「これは中学のとき。……翠葉ちゃん、フローリングの上だと冷えるからベッドに上がっていいよ」
彼女は何を疑うことなくベッドに上がった。
この部屋にラグを敷いていなかった自分を心の中で褒め称える。
翠葉ちゃん、君、本当に何も考えてないでしょう? でも、それってさ、ものすごく危険なことだと思うんだよね。
いつもは上から見下ろすばかりだけれど、下から見上げる彼女もなかなか――。
顎のラインや髪の毛を耳にかける仕草が艶っぽく見える。
新鮮だな……。
「秋斗さん、これ何サイズですか?」
彼女は四方を見て、ベッドの大きさに首を傾げる。
「キングサイズ。安心してゆっくり寝たいからね」
別にシングルだってかまわなかった。でも、もし大切な人が現れたなら、ベッドは広いに越したことはない。スペースを考えずに色んなことが堪能できるというもの……。
俺がそんなことを考えているなんて露ほども知らない彼女は、アルバムを一枚一枚めくっていく。すると、先ほどと同じ着信音が鳴った。
嫌な予感がする。これ、たぶん栞ちゃんだろ……?
件名 :牽制メールだから
本文 :そろそろランチは終わった頃
かしら?
変なことをしようものなら
静兄様と湊に言いつけるわよ?
それとも会長がいいかしら?
「はぁ……」
ため息をついて携帯を凝視する。
栞ちゃんならやりかねない。でも、頼むから俺の至福の時間を邪魔しないでくださいっ。
そんな俺を見て、
「お仕事ですか? でしたら私帰ります」
「違うから気にしないでね」
今、自然な笑顔を作れた気がしない……。
けれども、彼女は何を疑うでもなくアルバムに視線を戻した。
もういいや、携帯の電源落としちゃおう……。
電源を着ると、そのままベッドの枕元に放り投げる。
彼女に視線を戻すと、またしても首が傾き始める。そして、何かを探すようにペラペラと速度を上げてアルバムをめくった。
「どうかした?」
「え?」
「首傾げてる」
「あ……えと、私服姿の写真はないなぁ、と思ったのと――いえ、それだけです」
「今の、絶対にその先があったよね?」
今は俺のほうが下にいるから、彼女が下を向いても表情を見ることができる。
それを察したのか、
「ないですよ。全然ないです」
「挙動不審だよ」
嘘が下手な彼女がかわいくて、片膝を抱えて笑う。
「まぁ、なんとなく予想はできるんだけど……。翠葉ちゃん、意外と観察力あるほうだし……。彼女らしき人と写ってる写真がない、とかその手のことでしょ?」
「……正解です」
彼女は間を置いてからそう答えた。
フローリングから立ち上がり、ベッドに腰をかけ彼女の顔を覗き込む。
「それは、俺が付き合ってきた過去の女たちに嫉妬してくれた、ってことでいいのかな?」
そんなことまで考えてくれるなんて、俺はますます期待するよ?
「……嫉妬? ……それは違うかな? ただ、参考までに知りたかったというか……」
「なんだ、つまらない。"Yes"だったら嬉しかったのに……。俺、学内の人間とは付き合ったことないんだ」
「え……?」
学内なんて面倒な人間とは無理。身元が割れている人間は端から対象外。
「因みに、家に女の子を上げたのは湊ちゃんと栞ちゃん、母親意外だと翠葉ちゃんが初めてだよ」
真正面から言うと、「そうなんですか?」とびっくりした顔をされる。
「そう。そのくらい、俺にとって翠葉ちゃんは特別なんだけど?」
彼女は俺の投げかけには答えられないようで、手元のアルバムに視線を落とした。
そのまま十秒ほどすると、また顔を上げる。
チャンス到来――。
キスをしようとした瞬間に家の固定電話が鳴り出した。
どうせ栞ちゃんなんだろうけど、もう湊ちゃんや静さん、じー様に言われてもいいから今日は俺を放っておいてほしい……。
寝室をあとにしてリビングで電話に出る。と、
『ちょっとっ、何携帯の電源落としてるのよ』
普段は聞けないような低い声が聞こえてきた。
「ははは……」
『ははは、じゃないっ! 私の大切な翠葉ちゃんは無事なんでしょうねっ!?』
「そもそも、ことに及んでたらこんな電話鳴ってても出ないし……」
『それもそうね……。ところで翠葉ちゃんは?』
「アルバムが見たいって言うからアルバム見せてる」
『あら、そう。ならいいわ』
と、案外あっさり切ってくれた。
受話器を置いたとき、自然とケーブルを目が追う。
抜いておくか……。
そうすれば携帯も電話も鳴らないし、邪魔するものは何もなくなる。
そう思えばあとは行動するのみで、電話線を引き抜いた。
「このあと何かしたいことある?」
訊いてみると、彼女は時計を確認したあと手元に視線を落とす。
そして思い立ったかのように、
「……写真。……秋斗さんのアルバムが見たいです」
「アルバムかぁ……。こっちに持ってきてたかな?」
席を立って思う。
翠葉ちゃん、君、今自分からトラップにはまったよ? と……。
唯一リビングダイニングから入れる部屋のドアを開ける。その部屋は主寝室。
あえて彼女の気を引くためにドアを開けたままにしておく。
彼女の場所からだと入り口のあたりしか見えないだろう。でも、インテリアが気になる彼女ならきっと席を立つ。
本棚からアルバムをいくつか取り出し、ちら、とドアの方を見ると、案の定彼女がドアのところまでやってきていた。
俺はおいでおいでとこちらに誘い込む。彼女は何を疑うことなく俺の隣に座った。
「さすがに幼少期の写真はないけど」
と、普通を装いひとつのアルバムを開く。
「これは中学のとき。……翠葉ちゃん、フローリングの上だと冷えるからベッドに上がっていいよ」
彼女は何を疑うことなくベッドに上がった。
この部屋にラグを敷いていなかった自分を心の中で褒め称える。
翠葉ちゃん、君、本当に何も考えてないでしょう? でも、それってさ、ものすごく危険なことだと思うんだよね。
いつもは上から見下ろすばかりだけれど、下から見上げる彼女もなかなか――。
顎のラインや髪の毛を耳にかける仕草が艶っぽく見える。
新鮮だな……。
「秋斗さん、これ何サイズですか?」
彼女は四方を見て、ベッドの大きさに首を傾げる。
「キングサイズ。安心してゆっくり寝たいからね」
別にシングルだってかまわなかった。でも、もし大切な人が現れたなら、ベッドは広いに越したことはない。スペースを考えずに色んなことが堪能できるというもの……。
俺がそんなことを考えているなんて露ほども知らない彼女は、アルバムを一枚一枚めくっていく。すると、先ほどと同じ着信音が鳴った。
嫌な予感がする。これ、たぶん栞ちゃんだろ……?
件名 :牽制メールだから
本文 :そろそろランチは終わった頃
かしら?
変なことをしようものなら
静兄様と湊に言いつけるわよ?
それとも会長がいいかしら?
「はぁ……」
ため息をついて携帯を凝視する。
栞ちゃんならやりかねない。でも、頼むから俺の至福の時間を邪魔しないでくださいっ。
そんな俺を見て、
「お仕事ですか? でしたら私帰ります」
「違うから気にしないでね」
今、自然な笑顔を作れた気がしない……。
けれども、彼女は何を疑うでもなくアルバムに視線を戻した。
もういいや、携帯の電源落としちゃおう……。
電源を着ると、そのままベッドの枕元に放り投げる。
彼女に視線を戻すと、またしても首が傾き始める。そして、何かを探すようにペラペラと速度を上げてアルバムをめくった。
「どうかした?」
「え?」
「首傾げてる」
「あ……えと、私服姿の写真はないなぁ、と思ったのと――いえ、それだけです」
「今の、絶対にその先があったよね?」
今は俺のほうが下にいるから、彼女が下を向いても表情を見ることができる。
それを察したのか、
「ないですよ。全然ないです」
「挙動不審だよ」
嘘が下手な彼女がかわいくて、片膝を抱えて笑う。
「まぁ、なんとなく予想はできるんだけど……。翠葉ちゃん、意外と観察力あるほうだし……。彼女らしき人と写ってる写真がない、とかその手のことでしょ?」
「……正解です」
彼女は間を置いてからそう答えた。
フローリングから立ち上がり、ベッドに腰をかけ彼女の顔を覗き込む。
「それは、俺が付き合ってきた過去の女たちに嫉妬してくれた、ってことでいいのかな?」
そんなことまで考えてくれるなんて、俺はますます期待するよ?
「……嫉妬? ……それは違うかな? ただ、参考までに知りたかったというか……」
「なんだ、つまらない。"Yes"だったら嬉しかったのに……。俺、学内の人間とは付き合ったことないんだ」
「え……?」
学内なんて面倒な人間とは無理。身元が割れている人間は端から対象外。
「因みに、家に女の子を上げたのは湊ちゃんと栞ちゃん、母親意外だと翠葉ちゃんが初めてだよ」
真正面から言うと、「そうなんですか?」とびっくりした顔をされる。
「そう。そのくらい、俺にとって翠葉ちゃんは特別なんだけど?」
彼女は俺の投げかけには答えられないようで、手元のアルバムに視線を落とした。
そのまま十秒ほどすると、また顔を上げる。
チャンス到来――。
キスをしようとした瞬間に家の固定電話が鳴り出した。
どうせ栞ちゃんなんだろうけど、もう湊ちゃんや静さん、じー様に言われてもいいから今日は俺を放っておいてほしい……。
寝室をあとにしてリビングで電話に出る。と、
『ちょっとっ、何携帯の電源落としてるのよ』
普段は聞けないような低い声が聞こえてきた。
「ははは……」
『ははは、じゃないっ! 私の大切な翠葉ちゃんは無事なんでしょうねっ!?』
「そもそも、ことに及んでたらこんな電話鳴ってても出ないし……」
『それもそうね……。ところで翠葉ちゃんは?』
「アルバムが見たいって言うからアルバム見せてる」
『あら、そう。ならいいわ』
と、案外あっさり切ってくれた。
受話器を置いたとき、自然とケーブルを目が追う。
抜いておくか……。
そうすれば携帯も電話も鳴らないし、邪魔するものは何もなくなる。
そう思えばあとは行動するのみで、電話線を引き抜いた。