光のもとでⅠ
21~22 Side Minato 01話
六時には帰ると言っていた弟の司が六時半を回ってようやく帰ってきた。
玄関からは嬉しそうに話す翠葉の声が聞こえる。
珍しいくらいにテンションが高い。けれども、リビングに来るなり態度が一変した。
いつもならみんなに声をかけて回るほどの気遣い魔が全く秋斗に近寄らない。
これはどうしたものか……。
どうも木曜日から翠葉の様子がおかしい。
なんとなくだけど、司と秋斗はことのあらましを知っているように思える。けれど、話さないということは話す気がないのだろう。
いったい何があったのか……。
わかることといえば、秋斗が様子のおかしい翠葉を冷静に見守っていることくらい。
普段なら、翠葉に距離を置かれようものならすぐにでも何かしらの行動に出るだろう。それが、静観してるというのだから、やはり何かはあったと見るべき。
翠葉と司がテーブルに着くと、司にはカレーとサラダが出され、翠葉にはフルーツサンド二切れとスープが出された。
翠葉の食事内容は軽食ともおやつとも取れる。でも、翠葉にとってはそれを食べるのが精一杯の模様。
三十分ほどかけて完食すると、翠葉は早々に客間へと引き篭ってしまった。
気のせいだといい。でも、ザワザワと嫌な予感が頭の周りでしていた。
またハープの演奏などされたらこっちがたまらない。
そんなことを考えていると、秋斗が動いた。
どうやら翠葉の部屋へ行くらしい。
ま、そりゃそうよね……。あんた、「ただいま」も言ってもらえてなければ、「おかえり」も言わせてもらえなかったものね。
さらには一言も交わさずに部屋に篭られたともなれば、黙ってはいられまい。
なんというか……忍耐力の欠片もないわね。
それも仕方ないか。秋斗にとっても初恋と言っても過言ではない相手なわけだから。
きっと、警護が解除されたことも教えてあげたいのだろう。
そんなことを考えつつ、食後のコーヒーを無表情で飲む弟に声をかけた。
「で? あんたは何をプレゼントしたの?」
「話す必要性を感じない」
「相変らずかわいくない」
「かわいくなくて結構」
弟の司は実に素っ気無い。
どうやら、自分とそっくりの顔にかまわれるのが嫌ならしい。
でも、少しくらいかまわせてくれてもいいと思う。
次はなんと声をかけようか、と思っていると、
「湊、司くんのプレゼントは柘植櫛よ」
栞が代わりに教えてくれた。
「あんた、一番いいプレゼントチョイスしたんじゃない?」
それまでは私と栞のプレゼントが一番だと思っていた。でも、柘植櫛には負けるかもしれない。
「そうね、翠葉ちゃんすごく嬉しそうだったわ」
「翠葉は髪長いからねぇ。気をつけてなくちゃあそこまできれいには伸ばせないわ。そういう意味でも柘植櫛って選択は良かったんじゃない? 少なくとも、秋斗や静さんのプレゼントよりは喜ばれたでしょう」
よいしょ、と持ち上げてみたけど、司はただのひとつも表情を崩さない。
そこに、
「柘植櫛って、実は翠葉が欲しがってたものなんです。ここ数ヶ月、柘植櫛を買おうかどうしようか悩んでて、いつもお店に行っては悩んで帰ってくるの繰り返しで……」
蒼樹が自分のことのように嬉しそうに話す。
そのとき、
「湊ちゃんっっっ」
ただならぬ声で秋斗に呼ばれた。
「……何事?」
急いで客間へ行くと、翠葉は過呼吸を起こしていた。
すぐさま翠葉に近寄り声をかける。
「翠葉、落ち着こう。司、氷水っ」
「そ……にぃ……っ」
「いるよ、ここにいる」
蒼樹はしっかりと翠葉を支え、背中をさすり始める。と、大粒の涙をボロボロと零し始めた。
司が持ってきた水を飲ませていると、ドア口から「吐いて、吸って、吐いて、吸って……」と司が一定の速度で口にし始めた。
翠葉はそれを視界の隅に認めると、司をじっと見たまま呼吸のコントロールをし始めた。
その間に、何度となく水を飲ませる。
数分もするとだいぶ呼吸は落ち着いてきた。
「診察するから蒼樹以外は部屋から出て」
言うと、みんな部屋から出ていった。
「何があった?」
蒼樹が翠葉の肩を抱き寄せ尋ねる。
「まさか、秋斗に変なことされてないわよね?」
私も翠葉の隣に腰を下ろした。
翠葉は私の問いかけに、何か逡巡しているよう。
「それとも、司となんかあった?」
帰ってきたときの様子からすると、それはないと思うのだけど……。
案の定、翠葉の答えは「いいえ」だった。
「誕生日プレゼンをといただきました。それと、スペア弦を買いに行くのに付き合ってもらったり……」
翠葉は自分に起きたことを確認するように、ひとつずつ口にする。
「あとは、カフェに寄って――知らない人に、声をかけられた?」
さ、と翠葉の顔色が変わった。そして、体を硬直させたのが見て取れた。
何があったのかはわからないけど、原因はそれね……。
「それ、もちろん司も知ってるのよね?」
「はい……」
「少し話聞いてくるわ」
ベッドから立ち上がり部屋を出ようとすると、
「でもっ、司先輩は助けてくれて叱ってくれただけだからっ」
と、司をかばう。
別に怒りに行くわけではないのに。
振り返り、
「大丈夫。話を訊きに行くだけ。もう少し蒼樹と一緒にいなさい」
「……はい」
蒼樹は大丈夫だった。でも、秋斗はだめだった――。
男に声をかけられただけにしては拒否反応が強すぎる気がする。
いったい何があった……?
まずは司から話を訊かないことには元凶がわからない。元凶がわからなければ対処のしようがない。
変なトラウマにならないといいんだけど……。
玄関からは嬉しそうに話す翠葉の声が聞こえる。
珍しいくらいにテンションが高い。けれども、リビングに来るなり態度が一変した。
いつもならみんなに声をかけて回るほどの気遣い魔が全く秋斗に近寄らない。
これはどうしたものか……。
どうも木曜日から翠葉の様子がおかしい。
なんとなくだけど、司と秋斗はことのあらましを知っているように思える。けれど、話さないということは話す気がないのだろう。
いったい何があったのか……。
わかることといえば、秋斗が様子のおかしい翠葉を冷静に見守っていることくらい。
普段なら、翠葉に距離を置かれようものならすぐにでも何かしらの行動に出るだろう。それが、静観してるというのだから、やはり何かはあったと見るべき。
翠葉と司がテーブルに着くと、司にはカレーとサラダが出され、翠葉にはフルーツサンド二切れとスープが出された。
翠葉の食事内容は軽食ともおやつとも取れる。でも、翠葉にとってはそれを食べるのが精一杯の模様。
三十分ほどかけて完食すると、翠葉は早々に客間へと引き篭ってしまった。
気のせいだといい。でも、ザワザワと嫌な予感が頭の周りでしていた。
またハープの演奏などされたらこっちがたまらない。
そんなことを考えていると、秋斗が動いた。
どうやら翠葉の部屋へ行くらしい。
ま、そりゃそうよね……。あんた、「ただいま」も言ってもらえてなければ、「おかえり」も言わせてもらえなかったものね。
さらには一言も交わさずに部屋に篭られたともなれば、黙ってはいられまい。
なんというか……忍耐力の欠片もないわね。
それも仕方ないか。秋斗にとっても初恋と言っても過言ではない相手なわけだから。
きっと、警護が解除されたことも教えてあげたいのだろう。
そんなことを考えつつ、食後のコーヒーを無表情で飲む弟に声をかけた。
「で? あんたは何をプレゼントしたの?」
「話す必要性を感じない」
「相変らずかわいくない」
「かわいくなくて結構」
弟の司は実に素っ気無い。
どうやら、自分とそっくりの顔にかまわれるのが嫌ならしい。
でも、少しくらいかまわせてくれてもいいと思う。
次はなんと声をかけようか、と思っていると、
「湊、司くんのプレゼントは柘植櫛よ」
栞が代わりに教えてくれた。
「あんた、一番いいプレゼントチョイスしたんじゃない?」
それまでは私と栞のプレゼントが一番だと思っていた。でも、柘植櫛には負けるかもしれない。
「そうね、翠葉ちゃんすごく嬉しそうだったわ」
「翠葉は髪長いからねぇ。気をつけてなくちゃあそこまできれいには伸ばせないわ。そういう意味でも柘植櫛って選択は良かったんじゃない? 少なくとも、秋斗や静さんのプレゼントよりは喜ばれたでしょう」
よいしょ、と持ち上げてみたけど、司はただのひとつも表情を崩さない。
そこに、
「柘植櫛って、実は翠葉が欲しがってたものなんです。ここ数ヶ月、柘植櫛を買おうかどうしようか悩んでて、いつもお店に行っては悩んで帰ってくるの繰り返しで……」
蒼樹が自分のことのように嬉しそうに話す。
そのとき、
「湊ちゃんっっっ」
ただならぬ声で秋斗に呼ばれた。
「……何事?」
急いで客間へ行くと、翠葉は過呼吸を起こしていた。
すぐさま翠葉に近寄り声をかける。
「翠葉、落ち着こう。司、氷水っ」
「そ……にぃ……っ」
「いるよ、ここにいる」
蒼樹はしっかりと翠葉を支え、背中をさすり始める。と、大粒の涙をボロボロと零し始めた。
司が持ってきた水を飲ませていると、ドア口から「吐いて、吸って、吐いて、吸って……」と司が一定の速度で口にし始めた。
翠葉はそれを視界の隅に認めると、司をじっと見たまま呼吸のコントロールをし始めた。
その間に、何度となく水を飲ませる。
数分もするとだいぶ呼吸は落ち着いてきた。
「診察するから蒼樹以外は部屋から出て」
言うと、みんな部屋から出ていった。
「何があった?」
蒼樹が翠葉の肩を抱き寄せ尋ねる。
「まさか、秋斗に変なことされてないわよね?」
私も翠葉の隣に腰を下ろした。
翠葉は私の問いかけに、何か逡巡しているよう。
「それとも、司となんかあった?」
帰ってきたときの様子からすると、それはないと思うのだけど……。
案の定、翠葉の答えは「いいえ」だった。
「誕生日プレゼンをといただきました。それと、スペア弦を買いに行くのに付き合ってもらったり……」
翠葉は自分に起きたことを確認するように、ひとつずつ口にする。
「あとは、カフェに寄って――知らない人に、声をかけられた?」
さ、と翠葉の顔色が変わった。そして、体を硬直させたのが見て取れた。
何があったのかはわからないけど、原因はそれね……。
「それ、もちろん司も知ってるのよね?」
「はい……」
「少し話聞いてくるわ」
ベッドから立ち上がり部屋を出ようとすると、
「でもっ、司先輩は助けてくれて叱ってくれただけだからっ」
と、司をかばう。
別に怒りに行くわけではないのに。
振り返り、
「大丈夫。話を訊きに行くだけ。もう少し蒼樹と一緒にいなさい」
「……はい」
蒼樹は大丈夫だった。でも、秋斗はだめだった――。
男に声をかけられただけにしては拒否反応が強すぎる気がする。
いったい何があった……?
まずは司から話を訊かないことには元凶がわからない。元凶がわからなければ対処のしようがない。
変なトラウマにならないといいんだけど……。