光のもとでⅠ
23 Side Akito 01話
インターホンが鳴り、ロックを解除すると自動的にドアが開く。と、そこには少し緊張した面持ちの彼女がいた。
「いらっしゃい」
いつもと変わらない対応で迎え入れる。
その際、図書室に司がいることを確認した。
何かあったとしても、隣に司がいるならなんとかなるだろう……。
今、俺は何ができる状況にはない。
この際ライバルがどうのと言ってる場合ではなく、優先すべきは彼女自身――。
彼女は部屋に入って少しのところで足を止めた。
「翠葉ちゃん?」
「あ、すぐに作りますね」
作り笑いをして部屋の奥にある簡易キッチンへ向かい、冷蔵庫に用意してある材料を確認しだす。
もう、すでに無理をしているのではないだろうか。
手際よく料理をする彼女の背中を見つつ、不安がよぎる。
十五分ほどそうしていると、お皿に盛りつけ始めたので、席を立ち、それらを運ぶことを買って出た。
すると、今度は俺に彼女の視線が張り付いた。
お互い、相手が自分を見ていないときに見つめてるなんて、おかしいね。
今気づいた、そんな感じで振り返ると、彼女は「なんでもありません」というように、緩く首を振った。
シーフードチャーハンとワカメのスープを前に、
「いただきます」
手を合わせてからそれらを口に頬張る。と、和風の味付けに心が和む。
「すごく美味しい」
感想を言うと、
「栞さん仕込ですから」
と、彼女は嬉しそうに答えた。
「あぁ、それならいつでもお嫁に行けるね」
いつもの調子で話しかけると、彼女は少し寂しそうに笑う。
「俺がいつでももらうよ?」
顔を覗き込むと、彼女は目を逸らし、
「……明日。明日、ちゃんとお返事します」
と、不自然な笑みを添えた。
「わかった」
間違いない。明日、俺は振られる――。
食後にハーブティを飲んでいると、
「約二週間、お世話になりました」
頭を下げてお礼を言われた。
二週間――たったの二週間だ、彼女と共に過ごせたのは。
「俺は楽しいひと時でもあったんだけどな……」
「私も、とても楽しかったです」
この言葉は気を遣ってるわけではなく、本当にそう思ってくれているのだろう。
でも、何か話すたびに寂しげに笑う様は正視していられない――。
我慢ができずに、「ちょっとお皿だけ洗ってくるね」と席を立った。
彼女はソファへと移動したようだ。
なぜ彼女ばかりがこんなに傷つく羽目になるのだろう。
体調、人間関係、雅のこと、そのうえ今回の出来事……。
通常、それらを受け止めるのにはかなりの精神力を要すはずで、周りに気を回す余裕などなくてもおかしくはないのに。
なのにどうして笑う? どうしてそこまで俺を気遣う?
もっとつらいことをストレートにぶつけてくれてかまわないのに。それで嫌いになったりはしないのに。
洗い物を終え、カップを持ってソファへと移動する。
いつもなら彼女の隣に腰掛けるところだが、今は向かいのソファに座ったほうがいいだろう。
その俺を見て、彼女は下を向いたりこちらのソファを見たり、とそんな動作を繰り返していた。
そして、
「秋斗さん……そっちに行ってもいいですか?」
とても小さな控え目の声で尋ねられる。
それは彼女の意思だろうか。それとも単なる気遣い?
「無理しなくてもいいんだよ?」
「あの……気持ち上では無理なことだと思っているわけではなくて、体と心が別々になっちゃった感じって……わかりますか?」
無理はさせたくない。――が、自分の中にももっと彼女の側にいたいという思いがある。
「……なったことはないけど、でも――翠葉ちゃんが今その状態ならば、俺の側には来ないほうがいいんじゃないの?」
「……側に、側にいたいんです――」
痛切なまでの申し出に俺は負けた。
無理だと思えばすぐに引けばいい……。
そう自分に言い聞かせ、
「無理はしないこと。……いい?」
と、念を押した。
彼女はゆっくりと立ち上がり、俺が座るソファへと一歩一歩近づく。
一歩近づくたびに、彼女の表情が強張っていくように見えた。手はうっ血するほどに握りしめられている。
これはやめさせたほうがいいのか――。
思いをめぐらせているうちに、彼女は俺が掛けているソファの端に浅く腰掛けた。
今、俺と彼女の間にはちょうど一人分のスペースが空いている。
このくらい離れていれば大丈夫なのか?
「秋斗さん、昨日と同じ……。手を出してもらえますか?」
「……翠葉ちゃん、無理してるんじゃないの?」
「…………」
「焦らなくても時間はあるんだから」
本当は明日がタイムリミットであることはわかっていた。だからこそ、彼女が今こうしてがんばっていることも……。
翠葉ちゃん、君が俺を振らなければ時間は無限大にあるんだよ。
けれども、彼女の中にその選択肢はない。
「手をください」
と、思いつめた表情で言われた。
彼女は間違いなく無理をしているだろう。それでも、この勇気を無駄にしてはいけない気がした。
複雑な気持ちでふたりの間に手を置く。と、彼女は俺の手をじっと見つめ、何度も何度も深呼吸を繰り返した。
そして、自分の左手をそっと俺の右手に重ねる。
突如、彼女の脈拍を知らせる携帯が、胸の内で頻繁に振動しだした。
「翠葉ちゃん、ここまでだっ」
咄嗟に自分の手を引き抜く。
「やだ……こんなの、嫌なのに――」
まるでダムが決壊したかのように次々と涙があふれだす。
っ……抱きしめたいのにそれすらもできない。
今、俺にできることは何もない。
「……司を呼んでくる。少しだけ待っててね」
そう言って部屋を出た。
「いらっしゃい」
いつもと変わらない対応で迎え入れる。
その際、図書室に司がいることを確認した。
何かあったとしても、隣に司がいるならなんとかなるだろう……。
今、俺は何ができる状況にはない。
この際ライバルがどうのと言ってる場合ではなく、優先すべきは彼女自身――。
彼女は部屋に入って少しのところで足を止めた。
「翠葉ちゃん?」
「あ、すぐに作りますね」
作り笑いをして部屋の奥にある簡易キッチンへ向かい、冷蔵庫に用意してある材料を確認しだす。
もう、すでに無理をしているのではないだろうか。
手際よく料理をする彼女の背中を見つつ、不安がよぎる。
十五分ほどそうしていると、お皿に盛りつけ始めたので、席を立ち、それらを運ぶことを買って出た。
すると、今度は俺に彼女の視線が張り付いた。
お互い、相手が自分を見ていないときに見つめてるなんて、おかしいね。
今気づいた、そんな感じで振り返ると、彼女は「なんでもありません」というように、緩く首を振った。
シーフードチャーハンとワカメのスープを前に、
「いただきます」
手を合わせてからそれらを口に頬張る。と、和風の味付けに心が和む。
「すごく美味しい」
感想を言うと、
「栞さん仕込ですから」
と、彼女は嬉しそうに答えた。
「あぁ、それならいつでもお嫁に行けるね」
いつもの調子で話しかけると、彼女は少し寂しそうに笑う。
「俺がいつでももらうよ?」
顔を覗き込むと、彼女は目を逸らし、
「……明日。明日、ちゃんとお返事します」
と、不自然な笑みを添えた。
「わかった」
間違いない。明日、俺は振られる――。
食後にハーブティを飲んでいると、
「約二週間、お世話になりました」
頭を下げてお礼を言われた。
二週間――たったの二週間だ、彼女と共に過ごせたのは。
「俺は楽しいひと時でもあったんだけどな……」
「私も、とても楽しかったです」
この言葉は気を遣ってるわけではなく、本当にそう思ってくれているのだろう。
でも、何か話すたびに寂しげに笑う様は正視していられない――。
我慢ができずに、「ちょっとお皿だけ洗ってくるね」と席を立った。
彼女はソファへと移動したようだ。
なぜ彼女ばかりがこんなに傷つく羽目になるのだろう。
体調、人間関係、雅のこと、そのうえ今回の出来事……。
通常、それらを受け止めるのにはかなりの精神力を要すはずで、周りに気を回す余裕などなくてもおかしくはないのに。
なのにどうして笑う? どうしてそこまで俺を気遣う?
もっとつらいことをストレートにぶつけてくれてかまわないのに。それで嫌いになったりはしないのに。
洗い物を終え、カップを持ってソファへと移動する。
いつもなら彼女の隣に腰掛けるところだが、今は向かいのソファに座ったほうがいいだろう。
その俺を見て、彼女は下を向いたりこちらのソファを見たり、とそんな動作を繰り返していた。
そして、
「秋斗さん……そっちに行ってもいいですか?」
とても小さな控え目の声で尋ねられる。
それは彼女の意思だろうか。それとも単なる気遣い?
「無理しなくてもいいんだよ?」
「あの……気持ち上では無理なことだと思っているわけではなくて、体と心が別々になっちゃった感じって……わかりますか?」
無理はさせたくない。――が、自分の中にももっと彼女の側にいたいという思いがある。
「……なったことはないけど、でも――翠葉ちゃんが今その状態ならば、俺の側には来ないほうがいいんじゃないの?」
「……側に、側にいたいんです――」
痛切なまでの申し出に俺は負けた。
無理だと思えばすぐに引けばいい……。
そう自分に言い聞かせ、
「無理はしないこと。……いい?」
と、念を押した。
彼女はゆっくりと立ち上がり、俺が座るソファへと一歩一歩近づく。
一歩近づくたびに、彼女の表情が強張っていくように見えた。手はうっ血するほどに握りしめられている。
これはやめさせたほうがいいのか――。
思いをめぐらせているうちに、彼女は俺が掛けているソファの端に浅く腰掛けた。
今、俺と彼女の間にはちょうど一人分のスペースが空いている。
このくらい離れていれば大丈夫なのか?
「秋斗さん、昨日と同じ……。手を出してもらえますか?」
「……翠葉ちゃん、無理してるんじゃないの?」
「…………」
「焦らなくても時間はあるんだから」
本当は明日がタイムリミットであることはわかっていた。だからこそ、彼女が今こうしてがんばっていることも……。
翠葉ちゃん、君が俺を振らなければ時間は無限大にあるんだよ。
けれども、彼女の中にその選択肢はない。
「手をください」
と、思いつめた表情で言われた。
彼女は間違いなく無理をしているだろう。それでも、この勇気を無駄にしてはいけない気がした。
複雑な気持ちでふたりの間に手を置く。と、彼女は俺の手をじっと見つめ、何度も何度も深呼吸を繰り返した。
そして、自分の左手をそっと俺の右手に重ねる。
突如、彼女の脈拍を知らせる携帯が、胸の内で頻繁に振動しだした。
「翠葉ちゃん、ここまでだっ」
咄嗟に自分の手を引き抜く。
「やだ……こんなの、嫌なのに――」
まるでダムが決壊したかのように次々と涙があふれだす。
っ……抱きしめたいのにそれすらもできない。
今、俺にできることは何もない。
「……司を呼んでくる。少しだけ待っててね」
そう言って部屋を出た。