光のもとでⅠ
 驚くこととはこの電話だ。
 でも、異常も意外でもなんでもいい。
 翠の声が聞こえてくる――それだけでいい。
 翠はまだ会話の内容に困っているようだったから、こっちから話題提供を試みる。
「さっき、佐野と会った」
『え……?』
「無事に勝ち進んではいるけど、すごい緊張してた」
 試合会場は違うものの、宿舎として使うホテルは同じだ。
 夕飯のとき、声をかけようかと思ったが、それも憚られるほどの緊張ぶりだった。
 あれは、あまりいいほうの緊張ではない。
『……そうなの? そんなに緊張しているの?』
「見てわかるくらいには。……この電話のついでにかけてやったら?」
 翠が電話すればいい具合に脱力できるんじゃないだろうか。
 提案すると、翠は「うん」と即答した。
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