光のもとでⅠ
その状態が十五分ほど続いた。大泣きしていた翠も徐々に落ち着きを取り戻す。
「記録更新……。俺、三日連続で翠の泣き顔見てるんだけど……。これ、新手の嫌がらせか何か?」
「……すみません。とくに嫌がらせをしているつもりはないんですけど……」
雅さんに接触したときも俺だし、街中で声をかけられて無防備だって怒ったのも自分だ。
翠の泣き顔をどうして連日見る羽目になっているのか……。
「なんか、俺ばかりがこういう状況に遭遇している気がしてならない」
「ごめんなさい……」
「別にいいけど……。少しは落ち着いた?」
「……はい」
「なら、そこで顔洗ってきて」
時計を見ればもう三時前だ。
遅くても三時半には嵐たちに翠を渡さないといけない。
……ちょうどいい、ここを試着室に使えば少しは時間の短縮になるだろう。
「先輩、お願いが……」
「今度は何」
まだ何かあるのか、と振り返ると、
「髪の毛、持っててもらえますか?」
「あぁ……」
少し拍子抜けした。けど、触れたいと思っていた髪に触れることができた。
タオルで顔を拭いている翠を横目に、冷凍庫から氷を取り出し袋に入れる。
「これで目冷やして」
「ありがとうございます……」
「今三時か……。あと三十分で瞼の腫れ引かせろ」
さすがにその顔でドレスはない――。
「えっ!?」
……簾条、こいつ誕生会のこと忘れてないか?
「今日、誕生会なんだろ?」
言われて思い出した、そんな顔。
何か一言見舞おうと思ったとき、携帯が鳴りだした。
「はい」
『俺だけど……。翠葉ちゃん、大丈夫? ダメそうなら湊ちゃんに連絡するけど』
「もう大丈夫」
『そう……。悪いんだけどノートパソコン駐車場まで持ってきてほしい』
「了解」
携帯を切ると、
「……秋斗、さん?」
「そう、心配してた。姉さんをこっちのよこそうかって言われたから大丈夫って答えたけど?」
無言の彼女を確認しつつ、秋兄のノートパソコンをシャットダウンする。
確かに、今日はもう翠の前には出ないほうがいいだろう。
これから本社に戻って仕事か、自宅に戻って仕事。そんなところだろうな。
「あとでこの部屋に簾条を入れる。それまで目を冷やして少し待ってて」
それだけを言うと、俺はパソコンを持って仕事部屋を出た。
「翠葉、大丈夫なの?」
仕事部屋を出ると、すぐに簾条に話しかけられた。
「一応……。今、目の腫れを引かせるために顔を冷やしてる。三時半になったら中に入れるから、それまでに準備しておいて」
「わかったわ」
「司っ! これ、司の衣装っ!」
嵐が黒っぽい衣装を片手ににじり寄ってくる。
「見て見て! 俺、すっごい似合ってると思わない?」
と、その黒っぽい衣装を身に纏った朝陽が華麗にターンしてみせる。
実に最悪なほどに似合ってはいるが、とくにコメントは残さず図書室を出た。
駐車場で、秋兄は運転席のシートを倒して横になっていた。
窓を叩くとシートを起こして窓を開ける。
「助かった。ありがとう」
ノートパソコンを助手席に置くと、
「翠葉ちゃんは……?」
「あれから十五分くらい泣いてたけど、今は割りと落ち着いてる」
「そう……。じゃ、悪いけどあとは頼むわ。俺はマンションに戻る……って所在を明らかにしておいたところで、今の俺にできることはないか」
秋兄は自嘲気味に笑って車を発進させた。
ライバルとはいえ従兄で、実の兄よりも近しい存在。
その秋兄の立場になって考えてみれば、翠と同等につらい思いをしているのは明らかだった。
自分には何ができるだろうか。
これから始めるイベントのバックアップは完全に取れているはず。
怖がらせず楽しませたい。翠を笑顔に戻してやりたい――。
図書室に戻ると、
「とっとと着替えなさいよっ」
と、簾条に噛み付かれた。
渋々着替えると、最悪を極めていた朝陽と丸きり同じ格好になる。
マントが付いている意味がわからない……。
嵐の家は結婚式の貸衣装店であり、コスプレに組する商売はしてないはずなんだが……。
げんなりしつつメンバーの前へ出ると、
「あら、すてきっ!」
と、茜先輩。
「これで口さえ開かなければ問題ありません」
と、簾条。
「マント作った甲斐あったわ」
と、嵐……。
このマントは嵐のお手製か……。
辟易しながら、
「仕事部屋に入るけど準備は?」
尋ねると、
「今の今まで藤宮司待ちよ」
と、簾条が吐き捨てるように口にした。
仕事部屋では、翠が目をまん丸にして俺を見てくる。
「先輩……これから仮装大会でもするんですか?」
仮装大会……強ちはずれてはいない。
「……そんなところ」
「翠葉、泣いたんだってっ!? ちょっと顔見せてっ」
メイクをすると意気込んでいた嵐が翠に詰め寄り凝視する。
「ま、これくらいならなんとかなるわ」
「翠葉、これに着替えなさい」
簾条が翠に差し出したのは淡いピンクのドレスだった。
それを見て、「え……何?」と翠は首を傾げる。
「「「ドレス」」」
「え……?」
女子から俺に視線を移し、「本当に何?」と視線で訊かれる。
とりあえずは――。
「おめでとう。翠も仮装大会の招待客らしいな」
そう言って、あとは女子たちに任せることにした。
「記録更新……。俺、三日連続で翠の泣き顔見てるんだけど……。これ、新手の嫌がらせか何か?」
「……すみません。とくに嫌がらせをしているつもりはないんですけど……」
雅さんに接触したときも俺だし、街中で声をかけられて無防備だって怒ったのも自分だ。
翠の泣き顔をどうして連日見る羽目になっているのか……。
「なんか、俺ばかりがこういう状況に遭遇している気がしてならない」
「ごめんなさい……」
「別にいいけど……。少しは落ち着いた?」
「……はい」
「なら、そこで顔洗ってきて」
時計を見ればもう三時前だ。
遅くても三時半には嵐たちに翠を渡さないといけない。
……ちょうどいい、ここを試着室に使えば少しは時間の短縮になるだろう。
「先輩、お願いが……」
「今度は何」
まだ何かあるのか、と振り返ると、
「髪の毛、持っててもらえますか?」
「あぁ……」
少し拍子抜けした。けど、触れたいと思っていた髪に触れることができた。
タオルで顔を拭いている翠を横目に、冷凍庫から氷を取り出し袋に入れる。
「これで目冷やして」
「ありがとうございます……」
「今三時か……。あと三十分で瞼の腫れ引かせろ」
さすがにその顔でドレスはない――。
「えっ!?」
……簾条、こいつ誕生会のこと忘れてないか?
「今日、誕生会なんだろ?」
言われて思い出した、そんな顔。
何か一言見舞おうと思ったとき、携帯が鳴りだした。
「はい」
『俺だけど……。翠葉ちゃん、大丈夫? ダメそうなら湊ちゃんに連絡するけど』
「もう大丈夫」
『そう……。悪いんだけどノートパソコン駐車場まで持ってきてほしい』
「了解」
携帯を切ると、
「……秋斗、さん?」
「そう、心配してた。姉さんをこっちのよこそうかって言われたから大丈夫って答えたけど?」
無言の彼女を確認しつつ、秋兄のノートパソコンをシャットダウンする。
確かに、今日はもう翠の前には出ないほうがいいだろう。
これから本社に戻って仕事か、自宅に戻って仕事。そんなところだろうな。
「あとでこの部屋に簾条を入れる。それまで目を冷やして少し待ってて」
それだけを言うと、俺はパソコンを持って仕事部屋を出た。
「翠葉、大丈夫なの?」
仕事部屋を出ると、すぐに簾条に話しかけられた。
「一応……。今、目の腫れを引かせるために顔を冷やしてる。三時半になったら中に入れるから、それまでに準備しておいて」
「わかったわ」
「司っ! これ、司の衣装っ!」
嵐が黒っぽい衣装を片手ににじり寄ってくる。
「見て見て! 俺、すっごい似合ってると思わない?」
と、その黒っぽい衣装を身に纏った朝陽が華麗にターンしてみせる。
実に最悪なほどに似合ってはいるが、とくにコメントは残さず図書室を出た。
駐車場で、秋兄は運転席のシートを倒して横になっていた。
窓を叩くとシートを起こして窓を開ける。
「助かった。ありがとう」
ノートパソコンを助手席に置くと、
「翠葉ちゃんは……?」
「あれから十五分くらい泣いてたけど、今は割りと落ち着いてる」
「そう……。じゃ、悪いけどあとは頼むわ。俺はマンションに戻る……って所在を明らかにしておいたところで、今の俺にできることはないか」
秋兄は自嘲気味に笑って車を発進させた。
ライバルとはいえ従兄で、実の兄よりも近しい存在。
その秋兄の立場になって考えてみれば、翠と同等につらい思いをしているのは明らかだった。
自分には何ができるだろうか。
これから始めるイベントのバックアップは完全に取れているはず。
怖がらせず楽しませたい。翠を笑顔に戻してやりたい――。
図書室に戻ると、
「とっとと着替えなさいよっ」
と、簾条に噛み付かれた。
渋々着替えると、最悪を極めていた朝陽と丸きり同じ格好になる。
マントが付いている意味がわからない……。
嵐の家は結婚式の貸衣装店であり、コスプレに組する商売はしてないはずなんだが……。
げんなりしつつメンバーの前へ出ると、
「あら、すてきっ!」
と、茜先輩。
「これで口さえ開かなければ問題ありません」
と、簾条。
「マント作った甲斐あったわ」
と、嵐……。
このマントは嵐のお手製か……。
辟易しながら、
「仕事部屋に入るけど準備は?」
尋ねると、
「今の今まで藤宮司待ちよ」
と、簾条が吐き捨てるように口にした。
仕事部屋では、翠が目をまん丸にして俺を見てくる。
「先輩……これから仮装大会でもするんですか?」
仮装大会……強ちはずれてはいない。
「……そんなところ」
「翠葉、泣いたんだってっ!? ちょっと顔見せてっ」
メイクをすると意気込んでいた嵐が翠に詰め寄り凝視する。
「ま、これくらいならなんとかなるわ」
「翠葉、これに着替えなさい」
簾条が翠に差し出したのは淡いピンクのドレスだった。
それを見て、「え……何?」と翠は首を傾げる。
「「「ドレス」」」
「え……?」
女子から俺に視線を移し、「本当に何?」と視線で訊かれる。
とりあえずは――。
「おめでとう。翠も仮装大会の招待客らしいな」
そう言って、あとは女子たちに任せることにした。