光のもとでⅠ
ここには一年B組の人間と、その二倍の生徒しかいない。しかも、男女ペアになるように席の配置も考えられているため、男ばかりが目に入ることもない。
翠は周りを見回し自分のドレスを見ると、
「先輩……みんなが着ている衣装はどこから調達したんですか?」
「持っている人間は自前。持ってない人間は演劇部や嵐の家から貸し出し」
「……荒川先輩のおうち?」
「嵐の家はウェディング系の貸し衣装店」
説明しながら会場に用意された仰々しい席に着くと、海斗がやってきた。
「翠葉、かわいいな! これ、絶対に蒼樹さん見たかったと思うぞ。あとで写真見せてあげな!」
どさくさに紛れて何枚か写真を撮っていった。すると、
「翠葉、カメラは写真部と海斗しか持ってないから安心して」
簾条がすかさずフォローに入る。
簾条はずっと翠の後ろに控えていて、ドレスの裾を直したり細々と動き回る。
しばらくすると吹奏楽部の演奏が始まった。
翠がそちらに視線を移す。
……目に入ったか? 翠の好きなピアノだろ。
「……ベーゼンドルファーがどうして――」
と、俺を見上げる。
「弾けるように手配するって言っただろ」
「っ……!? まさかここでなんて言いませんよねっ!?」
「もちろん、ここで、だ。やってもらわないと困る。わざわざ業者に依頼して運んでもらったんだ」
戸惑っているのが見て取れるものの、それはどういった種類の戸惑いだろう。
「失敗が怖いならオリジナルを弾けばいい。ピアノにもオリジナル曲はあるだろ?」
挑発するように声を発すると、キッ、と勝気な視線が返された。
本当に意地っ張りの負けず嫌いだ。
「こんなすてきな舞台、台無しにしてもいいなら弾きますけど」
欲する返答を聞き、俺が手を上げると指揮者の側に控えていた佐野が吹奏楽部の演奏を止めた。
さらにはそれが合図となり放送委員の司会進行が入る。
『今から、御園生翠葉によるピアノリサイタルが始まります! 曲は彼女のオリジナル曲! どうぞご清聴お願いいたします!』
ここまではシナリオどおり、何もかもが順調だ。
びっくりしている翠に手を差し出す。
「お手をどうぞ」
と。
抗議のような視線を向けられたが、人の視線が集まっているからかそれ以上の抵抗は見せなかった。
一段高くなった木製のステージの上にピアノはある。そこまで誘導し、
「とりあえず二曲か三曲」
時間にして十分弱。
翠は何を弾くか逡巡しているようだ。
「この際、即興でもなんでもいいけど?」
なんでもいい。このピアノで翠が弾きたいものを弾けばいい。
今日のイベントは翠のためにあると言っても過言ではないのだから。
「……あんまりいじめると泣きますよっ!?」
まるでライフカードのように口にするからおかしかった。でも――。
「……四回続けてはどうかと思うけど?」
「……なら、少し体温分けてくださいっ。緊張しっぱなしで手首痛い」
震える両手を目の前に出された。
その手首を取ると、昨日と同様に冷たくなっていた。
六月だというのに、
「どうしたらこんなに冷たくなるんだか……」
「人が驚くようなことをサラッとするからでしょうっ!?」
まるで小型犬に噛み付かれた気分だ。
「それは申し訳ない」
と、表面上は謝って見せる。翠は不服そうな顔をしたけれど、
「……ありがとうございます。もう、大丈夫……。でも、本当にどうなっても知りませんからっ」
そうは言いつつも、ステージ中央に立つと自然な動作で礼をし、ゆっくりとピアノの前に座った。
鍵盤を前に頭が右に傾ぐ。けれども数秒後には元の位置に頭を戻し、鍵盤に手を乗せペダルに足をかけた。
翠は周りを見回し自分のドレスを見ると、
「先輩……みんなが着ている衣装はどこから調達したんですか?」
「持っている人間は自前。持ってない人間は演劇部や嵐の家から貸し出し」
「……荒川先輩のおうち?」
「嵐の家はウェディング系の貸し衣装店」
説明しながら会場に用意された仰々しい席に着くと、海斗がやってきた。
「翠葉、かわいいな! これ、絶対に蒼樹さん見たかったと思うぞ。あとで写真見せてあげな!」
どさくさに紛れて何枚か写真を撮っていった。すると、
「翠葉、カメラは写真部と海斗しか持ってないから安心して」
簾条がすかさずフォローに入る。
簾条はずっと翠の後ろに控えていて、ドレスの裾を直したり細々と動き回る。
しばらくすると吹奏楽部の演奏が始まった。
翠がそちらに視線を移す。
……目に入ったか? 翠の好きなピアノだろ。
「……ベーゼンドルファーがどうして――」
と、俺を見上げる。
「弾けるように手配するって言っただろ」
「っ……!? まさかここでなんて言いませんよねっ!?」
「もちろん、ここで、だ。やってもらわないと困る。わざわざ業者に依頼して運んでもらったんだ」
戸惑っているのが見て取れるものの、それはどういった種類の戸惑いだろう。
「失敗が怖いならオリジナルを弾けばいい。ピアノにもオリジナル曲はあるだろ?」
挑発するように声を発すると、キッ、と勝気な視線が返された。
本当に意地っ張りの負けず嫌いだ。
「こんなすてきな舞台、台無しにしてもいいなら弾きますけど」
欲する返答を聞き、俺が手を上げると指揮者の側に控えていた佐野が吹奏楽部の演奏を止めた。
さらにはそれが合図となり放送委員の司会進行が入る。
『今から、御園生翠葉によるピアノリサイタルが始まります! 曲は彼女のオリジナル曲! どうぞご清聴お願いいたします!』
ここまではシナリオどおり、何もかもが順調だ。
びっくりしている翠に手を差し出す。
「お手をどうぞ」
と。
抗議のような視線を向けられたが、人の視線が集まっているからかそれ以上の抵抗は見せなかった。
一段高くなった木製のステージの上にピアノはある。そこまで誘導し、
「とりあえず二曲か三曲」
時間にして十分弱。
翠は何を弾くか逡巡しているようだ。
「この際、即興でもなんでもいいけど?」
なんでもいい。このピアノで翠が弾きたいものを弾けばいい。
今日のイベントは翠のためにあると言っても過言ではないのだから。
「……あんまりいじめると泣きますよっ!?」
まるでライフカードのように口にするからおかしかった。でも――。
「……四回続けてはどうかと思うけど?」
「……なら、少し体温分けてくださいっ。緊張しっぱなしで手首痛い」
震える両手を目の前に出された。
その手首を取ると、昨日と同様に冷たくなっていた。
六月だというのに、
「どうしたらこんなに冷たくなるんだか……」
「人が驚くようなことをサラッとするからでしょうっ!?」
まるで小型犬に噛み付かれた気分だ。
「それは申し訳ない」
と、表面上は謝って見せる。翠は不服そうな顔をしたけれど、
「……ありがとうございます。もう、大丈夫……。でも、本当にどうなっても知りませんからっ」
そうは言いつつも、ステージ中央に立つと自然な動作で礼をし、ゆっくりとピアノの前に座った。
鍵盤を前に頭が右に傾ぐ。けれども数秒後には元の位置に頭を戻し、鍵盤に手を乗せペダルに足をかけた。