光のもとでⅠ
21
「とりあえず、みんなはお昼食べたら?」
秋斗さんの一言で、私たちはその場にあるテーブルに着きお弁当を広げ始めた。
「今日は特別だよ。ここ、一応関係者以外立ち入り禁止ってことになってるからね」
「はーい」と間延びした返事をしたのは海斗くんと飛鳥ちゃん。私は小さな声で「すみません」と謝った。
「翠葉ちゃんは条件をクリアすれば問題ないよ」
秋斗さんは優しくそう言ってくれたけど、それは生徒会に入ることが決まれば、という話で、現時点では入っちゃいけない人だと思う。
お礼を伝えたらすぐに図書室を出るべきだっただろうか……。
悶々としていると、桃華さんに話しかけられた。
「今日の午後にも体育あるけど、翠葉はどうするの?」
「え、あ……」
昨日休んでいるのだから、今日がレポートでもなんら不思議ではない。でも、その次は――。
後日露見するくらいなら今話したほうがいい。
そうは思うのに言葉が出てこない。
「あ、翠葉が黙った! ってことは"否"ってことでしょう?」
"否"は否"でも、少し違う"否"だ。
言葉に詰まっていると、
「万年レポート族?」
声を発した海斗くんと目が合って外せなくなる。
動揺を隠すこともできずにいると、
「中等部のときにもいたよ、そういうやつ。確か、腎臓悪いって言ってた気がする」
あぁ……そういう人が周りにいたんだ。
「翠葉もそうなの?」
桃華さんに顔を覗き込まれる。
「……私は腎臓が悪いわけじゃないけど、体育はもうずっとやってないの。これからも体育の時間はレポート……」
答えると、
「よく耐えられるよなー? 俺なんて運動できなかったらストレスを発散させる場所がなくて死んじゃうっ!」
「海斗……」
秋斗さんが海斗くんの名前を呼び、厳しく制した。
「あら、羨ましいじゃない? 夏の暑い中、汗だくになることもないのよ?」
桃華さんが言うと、
「私はレポート書くよりも体動かすほうがいい。教官室でレポートなんて考えただけでも地獄だよ。一時間で三枚以上書かないといけないんでしょう? 私、絶対無理っ」
みんな思い思いのことを口にする。
悪気がないのはわかっている。でも、正直、少しつらい……。
この会話にどうやって混ざったらいいのかがわからない。
中学のとき、いじめにあった要因のひとつはこれだと思うから。
暑い中、みんなが汗だくになっているのに、私はひとり涼しいところでレポートを書いているだけ。
寒い中、みんなが持久走で苦しい思いをしているとき、私はストーブの側でレポートを書いているだけ。
みんなは何かを一緒に成し遂げることで連帯感が生まれるのに対し、私は徐々にそこへ混ざることができなくなっていった。そして、いつしかクラスではひとり浮く存在となってしまった。
「翠葉、ごめん。無神経だったわ」
「っ……?」
顔を上げると、桃華さんが私の異変に気づいてハンカチを差し出してくれていた。
まだ涙は零れていない。でも、それも時間の問題だった。
「えっ、あっ……ごめん、翠葉っ。そうだよね? やりたくなくてやらないのと、やりたいのにできないのは違うよねっ!? ごめんねっ?」
――決壊。涙が零れ、まだ真新しい制服に水滴がはじかれた。
「……ごめん。やっぱ、運動できないってつらいんだな」
海斗くんの声が上から降ってきて、頭をポンポンと叩かれた。
こういうの、慣れてない。
蒼兄に頭をポンポンされるのは慣れているけど、ほかの人にされるのは慣れていなくて、どうしたらいいのかがわからない。
友達が自分の気持ちを察して謝ってくれるなんて、今まで一度もなかった。
幸い、長い髪の毛が一役買ってくれて、泣き顔を晒さずに済んでいる。
でも、泣いていること自体を隠すことは無理だった。
「ご、ごめんなさい。ちょっと、顔洗ってくるっ」
泣き顔を見られるのには抵抗があって、慌てて椅子から立ち上がった。
次の瞬間、突如訪れるのは激しい眩暈。一気に体のバランスが崩れる。
「翠葉っ」
「翠葉ちゃんっ」
私はその場に倒れてしまった。
蒼兄……私はいつも怖がってばかりで、どこまでも弱虫で。
どうしてこんなにも意地っ張りなんだろう――。
秋斗さんの一言で、私たちはその場にあるテーブルに着きお弁当を広げ始めた。
「今日は特別だよ。ここ、一応関係者以外立ち入り禁止ってことになってるからね」
「はーい」と間延びした返事をしたのは海斗くんと飛鳥ちゃん。私は小さな声で「すみません」と謝った。
「翠葉ちゃんは条件をクリアすれば問題ないよ」
秋斗さんは優しくそう言ってくれたけど、それは生徒会に入ることが決まれば、という話で、現時点では入っちゃいけない人だと思う。
お礼を伝えたらすぐに図書室を出るべきだっただろうか……。
悶々としていると、桃華さんに話しかけられた。
「今日の午後にも体育あるけど、翠葉はどうするの?」
「え、あ……」
昨日休んでいるのだから、今日がレポートでもなんら不思議ではない。でも、その次は――。
後日露見するくらいなら今話したほうがいい。
そうは思うのに言葉が出てこない。
「あ、翠葉が黙った! ってことは"否"ってことでしょう?」
"否"は否"でも、少し違う"否"だ。
言葉に詰まっていると、
「万年レポート族?」
声を発した海斗くんと目が合って外せなくなる。
動揺を隠すこともできずにいると、
「中等部のときにもいたよ、そういうやつ。確か、腎臓悪いって言ってた気がする」
あぁ……そういう人が周りにいたんだ。
「翠葉もそうなの?」
桃華さんに顔を覗き込まれる。
「……私は腎臓が悪いわけじゃないけど、体育はもうずっとやってないの。これからも体育の時間はレポート……」
答えると、
「よく耐えられるよなー? 俺なんて運動できなかったらストレスを発散させる場所がなくて死んじゃうっ!」
「海斗……」
秋斗さんが海斗くんの名前を呼び、厳しく制した。
「あら、羨ましいじゃない? 夏の暑い中、汗だくになることもないのよ?」
桃華さんが言うと、
「私はレポート書くよりも体動かすほうがいい。教官室でレポートなんて考えただけでも地獄だよ。一時間で三枚以上書かないといけないんでしょう? 私、絶対無理っ」
みんな思い思いのことを口にする。
悪気がないのはわかっている。でも、正直、少しつらい……。
この会話にどうやって混ざったらいいのかがわからない。
中学のとき、いじめにあった要因のひとつはこれだと思うから。
暑い中、みんなが汗だくになっているのに、私はひとり涼しいところでレポートを書いているだけ。
寒い中、みんなが持久走で苦しい思いをしているとき、私はストーブの側でレポートを書いているだけ。
みんなは何かを一緒に成し遂げることで連帯感が生まれるのに対し、私は徐々にそこへ混ざることができなくなっていった。そして、いつしかクラスではひとり浮く存在となってしまった。
「翠葉、ごめん。無神経だったわ」
「っ……?」
顔を上げると、桃華さんが私の異変に気づいてハンカチを差し出してくれていた。
まだ涙は零れていない。でも、それも時間の問題だった。
「えっ、あっ……ごめん、翠葉っ。そうだよね? やりたくなくてやらないのと、やりたいのにできないのは違うよねっ!? ごめんねっ?」
――決壊。涙が零れ、まだ真新しい制服に水滴がはじかれた。
「……ごめん。やっぱ、運動できないってつらいんだな」
海斗くんの声が上から降ってきて、頭をポンポンと叩かれた。
こういうの、慣れてない。
蒼兄に頭をポンポンされるのは慣れているけど、ほかの人にされるのは慣れていなくて、どうしたらいいのかがわからない。
友達が自分の気持ちを察して謝ってくれるなんて、今まで一度もなかった。
幸い、長い髪の毛が一役買ってくれて、泣き顔を晒さずに済んでいる。
でも、泣いていること自体を隠すことは無理だった。
「ご、ごめんなさい。ちょっと、顔洗ってくるっ」
泣き顔を見られるのには抵抗があって、慌てて椅子から立ち上がった。
次の瞬間、突如訪れるのは激しい眩暈。一気に体のバランスが崩れる。
「翠葉っ」
「翠葉ちゃんっ」
私はその場に倒れてしまった。
蒼兄……私はいつも怖がってばかりで、どこまでも弱虫で。
どうしてこんなにも意地っ張りなんだろう――。