光のもとでⅠ
「立てる?」
 手を差し出すと、
「大丈夫です」
 と、その手をガイドにゆっくりと立ち上がった。
 まだ騒がしい校内を歩いて昇降口へ向かい、人が多い桜並木を歩きながら思う。
 相変らず翠の歩くペースは遅い、と。
 けれど、歩く速度が変わるだけで、確かに目に入ってくる情報量は増えた。
 公道に出たところで、
「明日、どうするの?」
「会うのは大丈夫だったの。ただ触れられなかっただけ……。だから、会います。伝えなくちゃいけないことがあるし」
 伝えなくちゃいけないこと、か――本意じゃないくせに……。
「……そう。無理はするな。何かあれば連絡くれてかまわないから」
「ありがとうございます。でも……それで連絡しちゃったら四日連続で泣いてる私を見ることになりますよ?」
 それは嬉しくない。でも――ひとりで泣かれるのも嫌だと思う。
「だから、明日はかけません。私も、泣いてるところばかりは見られたくないですから」
 言いながら、無理に笑みを浮かべた。
「ひとつ訊いていい?」
 俺が止まると、数歩前を歩いた翠が「はい?」と振り返る。
「翠にとって俺は何?」
 翠は少し考えてから、
「え……と、同い年だけど先輩?」
「そうじゃなくて――以前、もう少し近づきたいって言ったと思うんだけど」
 その意味を翠は少しも考えていないのだろうか。
 いや、口にしたときは俺も気づいてはいなかった。
 でも、今は――。
「どう答えたらいいのかわからないけれど、関係上で言うなら先輩で友達未満。……すごく頼りになる人で、でも友達っていう気安さではなくて――ごめんなさい。これ以上にどんな言葉があるのか思いつかないです」
「……いや、いい」
 立ち止まったままの翠を追い越して歩く。
 頼りになる人、つまり単なる先輩よりは格が上がったということにしておく。
 今はそれでいい。
 ふと、道端に咲いているタンポポが目に入った。
 それは先日、翠に指差されたタンポポだった。
 あの日から、そこを通ると視線を落とすようになった。
 そんな変化はすべて翠がもたらしたもの。
 これから、翠はどんなことを俺に教えてくれるだろう。
 俺が翠に教えられることには何があるだろう。
 たとえばこんなふうに、ゆっくりでも一緒に前へ進める関係になりたい。
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