光のもとでⅠ
 道は思ったよりも混んでいなかった。
 市街へ向かう道路は混んでいるものの、反対車線を走る私たちのほうは流れている。
 このぶんだと三十分ちょっとで着いてしまう。
 ……なんて切り出したらいいのかな。
 結局のところ、いくら考えても思い浮かばなくて、昨夜はほとんど眠れなかった。
 さっき、手をつないで抱きしめてもらって、キスもして……。すごく嬉しくて、すごく幸せで、今は心がぐらついている。
 ――でも、選択は間違えちゃいけない。
 心の奥底から警鐘を鳴らす自分もいる。
 視線を手元に落としたまま考えていると、助手席のドアが開かれた。
 びっくりして顔を上げると、「着いたよ」と手を差し出される。
 その手を見て、この手を取るのはきっとこれが最後だ、と思った。
 差し出されたその手に自分の右手を乗せると、ぐい、と引張り上げるように力を入れてくれた。
 段階を踏まなかったこともあり、眩暈が襲う。
 けれども、秋斗さんにしっかりと抱きしめられた。
 視界が戻るタイミングで秋斗さんが離れる。

 車を出る前に見た計器は四時十分と表示されていた。
 一時過ぎに会ってから四時間ちょっと。あと数十分もしたらお別れだ。
 一番端の駐車場から緑の広場へと抜ける道。
 ここは緑の広場にしか抜けられず、ほかの競技場やテニスコートなどへ行くのには遠回りになることと、広大な駐車場の一番最奥ということもあってあまり利用する人はいない。
 秋斗さんが向かっているのはあの日の場所――私が秋斗さんに、「僕と恋愛してみない?」と訊かれた場所。 
 そこに着いたら言わなくちゃいけない。
 そう思うと、途端に足が重くなる。
 あのときはあのときですごく困ったけど、今は別の意味で困っている。
 困っているというよりは、言うべきことは決まっているのに、それを心が受け入れてくれない。
「翠葉ちゃん?」
 完全に足を止めてしまった私を秋斗さんが振り返る。
「あ……えと――」
 言葉に詰まってしまうと、ふわり、とオフホワイトのジャケットをかけられた。
「今日は日焼け止めを塗ってないでしょう?」
「……はい」
「焼けたら痛い思いするんでしょう」
 と、優しく笑いかけてくれる。そして、手を引かれるままに歩けばベンチにたどり着いてしまった。
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