光のもとでⅠ
 車に乗り込むと、ローファーを脱いでシートに上がりこむ。
 そして、シートを少しだけ倒し、足を崩して座るのだ。
 この体勢が一番楽。
「保健室でたって授業は受けられるんだからな?」
 蒼兄の言葉に、いつだか湊先生が言っていたことを思い出す。
「うん。でも、その分課題が増えちゃうし。こんなぼーっとした頭じゃたくさんの課題はこなせないから……。だからできるだけクラスでちゃんと授業を受けたい」
「ギリギリまでの無理はするなよ?」
 すごく不安そうな声で言われた。
「もうね、どこがギリギリのラインなのか自分でもよくわかってないの」
「じゃ、そこは湊さんに判断してもらおう。湊さんがこれ以上は、ってところまできたら迎えに来てもらえるようにしておくから」
「また、人に迷惑をかけるね」
「翠葉、きっと誰も迷惑なんて思ってないから。……大丈夫だよ」
「ん……ありがとう」
 まるで心が伴わない中身のない会話。
 これからのことを考えるだけですごく不安になるし、先が思いやられる。
 せめて、普通に過ごしたい。
 ご飯を食べてお薬を飲んで、横にならなくちゃいけないのは仕方ない。
 起きてられないのだからそれは諦めてる。
 でも、お風呂に入ったり植物の世話をしたり、そういう本当に普通の生活の最低ラインは守りたいと思う。
 ここまでくると、何をしたいって話ではなくなる。
 ただ普通に過ごしたいだけ。
 QOL――クオリティオブライフって言うけれど、本当にそのとおり。
 人の尊厳をできる限り守るというもの。
 私は自分の尊厳をどこまで守ることができるだろうか……。
 学校に着くと、蒼兄が昇降口まで送ってくれた。
 そして、そのまま靴を脱ぎ、廊下の先へ行こうとする。
「蒼兄?」
「ちょっと湊さんと話してから行くから。階段、気をつけて上がれよ?」
「うん」
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