光のもとでⅠ
 私の視線を感じたのか、
「俺がここにいると眠れないって言うなら向こうに行くけど」
「いえ、そんなことはないです。なんか先輩空気みたいだし……」
「……よくわかった。俺に存在感がないってことが」
「やっ、あの――空気みたいっていうか……」
「存在感がないってことだろ? ほかにどんな意味が?」
 若干笑みを深められた。
 もう、どうしてこういうときに笑うのかなぁ……。
 きれいな笑顔なのに怖さしか感じない。
「違くって……だって、空気は人に必要なものでしょう? 酸素がなかったら死んじゃうし……」
 自分でも苦し紛れな言葉であることは重々承知。
 でも、その説明で反撃は緩んだ。
「酸素、ね。とりあえず、翠にとっては必要な存在と思ってもいいわけ?」
「それはもちろん」
 答えると、どうしてか表情が優しくなる。
 空気はダメで酸素はいいの?
「でも、どうせなら風のほうがいい。空気や酸素はそこにあるだけで自らは動くことができないけど、風ならどこへでも好きなところへ行ける」
 そう言うと、また本に視線を戻した。
 まだ外が明るいのでその明かりで本を読むことができるのだろう。
 司先輩の話に、今朝、同じようなことを考えたことを思い出す。
 先輩にしては意外な発想、意外な言葉に驚いた。
 悪い意味ではなく、リアリストだと思っていたのでかなり意外だった。
 とても人間らしいところを垣間見ることができた感じ。
 こうやって新しい一面を見ることができると、とても嬉しくなる。
「先輩、暗くなる前にはちゃんと電気点けてくださいね」
 こちらから話しかけると、
「そしたらリビングへ行くからいい」
 あまり気を遣ってくれなくていいんだけどな……。
 思いながら横になると、またうつらうつらした。
 私はこれからの二週間、いったいどれだけの睡眠を貪ることになるのだろう。
 今回はその記録でもつけてみようか。
 そんなどうでもいいことを頭の隅で考えつつ、眠りに落ちた。
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