光のもとでⅠ
ペダルから足を離すと拍手が聞こえてびっくりした。
気づけば、上の階にいたはずの両親や湊先生たちまで階段からこちらを見ていた。
「翠葉ちゃん、これで本当に練習をしていなかったのかい?」
確認のように静さんに訊かれる。
「はい、すみません……。最近はハープのほうが触る率高くて……。先日学校のベーゼンドルファーをで軽い曲を三曲弾きましたが、それくらいなんです。それに、こんなに重い鍵盤は普段弾くことがなくて……」
言い訳を並べすぎただろうか。
不安に思って静さんをうかがい見ると、そこには憂いを含む表情をした静さんがいた。
「私の母もピアノを弾く人だったんだ」
「え……?」
「ゆえに、私の耳は肥えているはずなんだが……。それでも十分にいい演奏だったと思うよ」
言われてみれば、と思う。
普通にピアノを弾く人ならばこんなに高価なピアノは必要ないだろう。それこそ、国産メーカーのグレードの高いピアノで十分なはず。
「ピアニスト、間宮静香。それが私の母の名前だ」
嘘――。
「私、間宮さんのCDを聞いてこの曲が弾きたくて、一生懸命練習して――」
「そのCDは碧のだろう? 昔、私が贈ったものだ」
私はお母さんの持っているCDや本を小さい頃からよく持ち出しては聞いていたし見ていた。それが、こんなところでつながるとは夢にも思わなかった。
「翠葉ちゃんの音楽のルーツは自分の母にあり、か。これは運命かな?」
「静さん、どうしよう……」
「ん?」
「鳥肌が――だって、これ……間宮さんが使われていたピアノなのでしょう?」
思わず鍵盤から手を放す。指先が瞬時に冷え震え始めた。
逆に、静さんはそのピアノを慈しむように触れる。
「そうだね。あのCDの録音に使われたピアノでもある」
ますますもってどうしたらいいのかがわからない。
「誰にも弾かれることなく三十五年も経ってしまった。でも、翠葉ちゃんが弾いてくれるなら母も本望だろう」
そう言うと、両肩にポンと手を乗せる。
階段にいた五人もフロアに下りてきて、各々思うがままに感想を口にしてくれた。
「翠葉、リクエスト! 酒とバラの日々、弾ける?」
「あ、はい。ジャズですよね?」
湊先生はコクコクと、首を縦に振る。
少しお酒が入っているようで、陶器のように白い肌がほんのりと色づいていた。
「あの曲好きなの」
とてもご機嫌そうだ。
「ちゃんと覚えているわけではないので、途中で即興が入ってしまうかもしれないけど、いいですか?」
「いい! 私が許すっ!」
「ちょっと湊、あなたお酒弱いんだから、これ以上は飲まないでよっ!?」
栞さんがなだめる。
こんな湊先生は滅多に見れない。いつもの湊先生よりも陽気で少し幼く見えた。
「ほら、湊。立っていたら危ない」
と、静さんがソファへと湊先生を促す。
それを見届けたあと、ものすごく特別度の上がったピアノで再度音を奏でだす。
自宅にあるシュベスターが一番好き。
ベーゼンドルファーの音もすてきだったし、大好き。
スタインウェイは別に好きでも嫌いでもなく、という位置づけにあった。けれども、このピアノだけは別。
私が憧れていた間宮さんが使っていたピアノ――。
人にもものにも出逢いというものがあるのね。
気づけば、上の階にいたはずの両親や湊先生たちまで階段からこちらを見ていた。
「翠葉ちゃん、これで本当に練習をしていなかったのかい?」
確認のように静さんに訊かれる。
「はい、すみません……。最近はハープのほうが触る率高くて……。先日学校のベーゼンドルファーをで軽い曲を三曲弾きましたが、それくらいなんです。それに、こんなに重い鍵盤は普段弾くことがなくて……」
言い訳を並べすぎただろうか。
不安に思って静さんをうかがい見ると、そこには憂いを含む表情をした静さんがいた。
「私の母もピアノを弾く人だったんだ」
「え……?」
「ゆえに、私の耳は肥えているはずなんだが……。それでも十分にいい演奏だったと思うよ」
言われてみれば、と思う。
普通にピアノを弾く人ならばこんなに高価なピアノは必要ないだろう。それこそ、国産メーカーのグレードの高いピアノで十分なはず。
「ピアニスト、間宮静香。それが私の母の名前だ」
嘘――。
「私、間宮さんのCDを聞いてこの曲が弾きたくて、一生懸命練習して――」
「そのCDは碧のだろう? 昔、私が贈ったものだ」
私はお母さんの持っているCDや本を小さい頃からよく持ち出しては聞いていたし見ていた。それが、こんなところでつながるとは夢にも思わなかった。
「翠葉ちゃんの音楽のルーツは自分の母にあり、か。これは運命かな?」
「静さん、どうしよう……」
「ん?」
「鳥肌が――だって、これ……間宮さんが使われていたピアノなのでしょう?」
思わず鍵盤から手を放す。指先が瞬時に冷え震え始めた。
逆に、静さんはそのピアノを慈しむように触れる。
「そうだね。あのCDの録音に使われたピアノでもある」
ますますもってどうしたらいいのかがわからない。
「誰にも弾かれることなく三十五年も経ってしまった。でも、翠葉ちゃんが弾いてくれるなら母も本望だろう」
そう言うと、両肩にポンと手を乗せる。
階段にいた五人もフロアに下りてきて、各々思うがままに感想を口にしてくれた。
「翠葉、リクエスト! 酒とバラの日々、弾ける?」
「あ、はい。ジャズですよね?」
湊先生はコクコクと、首を縦に振る。
少しお酒が入っているようで、陶器のように白い肌がほんのりと色づいていた。
「あの曲好きなの」
とてもご機嫌そうだ。
「ちゃんと覚えているわけではないので、途中で即興が入ってしまうかもしれないけど、いいですか?」
「いい! 私が許すっ!」
「ちょっと湊、あなたお酒弱いんだから、これ以上は飲まないでよっ!?」
栞さんがなだめる。
こんな湊先生は滅多に見れない。いつもの湊先生よりも陽気で少し幼く見えた。
「ほら、湊。立っていたら危ない」
と、静さんがソファへと湊先生を促す。
それを見届けたあと、ものすごく特別度の上がったピアノで再度音を奏でだす。
自宅にあるシュベスターが一番好き。
ベーゼンドルファーの音もすてきだったし、大好き。
スタインウェイは別に好きでも嫌いでもなく、という位置づけにあった。けれども、このピアノだけは別。
私が憧れていた間宮さんが使っていたピアノ――。
人にもものにも出逢いというものがあるのね。