光のもとでⅠ
 ……逃げる?
 この状況よりも、その質問に困っている気がする。
「困ってはいますけど、対処できなくて逃げるほどには困っていません」
 その答えがおかしかったのか、肩口のところでクスクスと笑われる。
 困ったな、とは思う。でも、逃げたい衝動には駆られない。
 その理由は……?
 この体勢がひどく馴染みのあるものだから?
 小さい頃から蒼兄やお父さんがよくしてくれていたのと一緒。
 お父さん曰く人間座椅子もどき。
 それに、暗い場所だからかもしれない。
 自分がどれほど赤面していようと相手には見えない。
 後ろから抱きしめられている分、その人の顔を直視しないで済む。
 ……背中に人の体温を感じるとほっとする。
 けれど、そこに異物を感じるとしたら、香り――。
 でも、この香りは深く吸い込みたくなるくらい好き。
「秋斗さんに言われたとおりなのかな……? 少し慣れたのかも」
「なんの話?」
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