光のもとでⅠ
 翠がピアノの前に座る。
 座っている椅子の右端に少しスペースがあり、翠を背に体重を預けた。
 自分の背後に翠がいる――。
 翠が入院していたとき、窓の方を向いてベッドに腰掛けるとこんな距離感だった。
 今はそのときよりも若干近くにいる。
 もっと近くに行くにはどうしたらいい?
 もっと翠を知るにはどうしたらいい?
 確かに、「御園生翠葉」なんて教科書はない。
 あるのは目の前にいる実物のみ。
 ならば、やっぱり「話す」しかないのだろうか。
「観察」から得られるものには限度がある。
 練習を終え、ふと口をついた。
「明日、秋兄とブライトネスパレスに一泊って聞いた」
 何が訊きたいのか、自分でも把握しきれていない。
 ただ、ふたりということが気になっていた。
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