光のもとでⅠ
04
昼休みが終わると桃華さんがクラスに戻ってきた。佐野くんも一緒。
飛鳥ちゃんと佐野くん、大丈夫かな……。
ふたりを注意深く見ていると、そんな心配は必要なかったことに気づく。
ふたりはいつもどおりに言葉を交わしていた。
「翠葉どうかしたの?」
「ううん……。桃華さん、午後はどんな具合なの?」
「そうね、まずは外で男子サッカーの試合があるわ。うちのクラスと藤宮司のクラスの試合。それと並行して女子ハンドボールが二年G組と三年A組。それが終わると、体育館で男子バスケ二年A組と三年A組。女子バレーが一年D組と三年G組。こんなところかしら? そのあと総合優勝が算出されて表彰式よ」
「うちが出るのはサッカーだけかぁ……。お祭りおわっちゃーう」
ふてくされる飛鳥ちゃんに桃華さんが、
「飛鳥にはトリがあるでしょ?」
トリってなんだろう?
不思議に思っていると、
「翠葉。あの男、バスケで残ってるわよ」
言われてどう反応していいのかに若干困る。
桃華さんが"あの男"なんて言う人は藤宮先輩くらい。けれども、何か勘違いされている気がしてならない。
「決勝まで残るのってすごいよね?」
軸道修正するみたいに話の方向を少し逸らす。と、
「残ってるだけじゃダメよ。最後まで勝ち続けないと」
なんとも桃華さんらしい一言に一蹴されて終わってしまった。
でも、すごいことだと思う。うちのクラスとの対戦じゃないし応援に行こうかな?
そんなことを考えていると、
「嫌っていうほど混むから気をつけなさいよ」
と、言葉を見舞われた。
確かに、準決勝ですら観覧席が埋まる勢いだったのだ。それが決勝ともなればどうなるのかは想像に易い。
これは無理かも……。
桃華さんは集計作業がまだ残っていると視聴覚室に戻り、飛鳥ちゃんは委員会の仕事があると走っていった。
ひとりになった私は次の試合がある外へと足を向ける。
昇降口を一歩出るとかなり暑いと感じた。
お昼過ぎはお日様大活躍の時間だし、今日は雲ひとつない快晴。風ひとつないのだから恨めしい。
でも、せっかくうちのクラスが残ってるんだから見たいな……。
日陰はないか、と探したところ、桜の木の下がちょうどいい日陰になっていた。けれども、そこからフィールドまではかなりの距離がある。
昇降口に戻って悩んでいると、佐野くんが階段を下りてきた。
「外、出られそう?」
首を傾げて訊かれ、思わず傾げ返してしまう。
「どうしようか悩んでるところ……」
肩を竦めて見せると、
「後ろ姿がすでに『どうしよう?』って言ってた」
と、笑われる。
「やだな、それ」
「……さっき、ありがとう。いてくれて助かった」
「私は、何もしてないよ」
「いてくれるだけで救われることがあるって知ってるでしょ?」
冷たくて気持ちのいい鉄製の下駄箱に寄りかかりながらそんな話をした。
「それ、何を聴いてるの?」
佐野くんが持っているミュージックプレーヤーに話を移すと、
「これ? 今はエルレが流れてる」
「えるれ?」
「エルレガーデンって知らない?」
「……普段はインストしか聴かないの」
「聴いてみる?」
イヤホンとプレーヤーを差し出されてコクリと頷いた。
イヤホンから流れてくるのはロックのような音楽。でも、うるさいという印象ではなくて、力強いというイメージ。
「この歌詞……好きかも」
「なんの曲?」
訊かれて、片方のイヤホンを渡す。
「あぁ、いいよね。Missingって曲。俺も好き。この曲聞いてるとさ、切ないけどなんだか前向きになれるんだ。エルレの曲全般好きだけど、これはとくに好き」
一曲が終わるまで佐野くんと一緒に同じ曲を聴いていた。
「聴くならエルレのCD貸そうか?」
「本当っ?」
「うん」
「嬉しいっ!」
「近いうちに持ってくる。じゃ、俺行くわっ! それ持ってて? 聴いててかまわないから」
「ありがとう! がんばってね」
そう言って別れるとまたイヤホンをつける。
すごくポジティブな歌詞と曲調。
好きかも……。
昇降口から少し出たところで校庭を眺める。
やっぱりフィールドの近くには人がたくさん集まっていて、さらには暑そうで行ける気はしない。
「遠くからでもいいかな?」
応援には変わりないし……。
ひとりごとを口にしていると、肩を叩かれてびっくりした。
振り返ると、私の半身後ろに藤宮先輩が立っていた。
「どれだけ大きな音で聴いてるんだか……。耳、悪くする」
「あ……これ、今預かったばかりなんですけど、少し大きな音で聴きたくなる音楽だったんです」
「聴力落としたくないなら音量は控えろ」
「はい……」
「体調は?」
「大丈夫です。でも、あそこまではちょっと行けそうになくて、ここから絶賛応援中。海斗くんも出てるんですよ」
砂埃が立っている方を差して答えると、視線を感じてそちらに視線を移す。と、私を見ているのは藤宮先輩で……。
「なんでしょう……?」
「いや、笑うんだなと思って」
「私、そんなに笑わない人に見えました?」
「事実、睨まれこそすれ笑いかけられることはなかったと思うけど?」
確かにそうかもしれない……。
「少し前に、秋斗さんからもよく笑うようになったって言われました」
話した直後、藤宮先輩は眉間にしわを寄せて嫌そうな顔をした。
秋斗さんのお話しはタブーなんだろうか。
言葉の応酬が怖くて私は話をすり替える。
「先輩、お仕事は?」
「今年は一年に優秀なクラス委員がいるから」
と、私に向けてではなく、どこかシニカルに笑った。
結局、私たちは校庭からはかなり離れた桜の木の日陰、階段なる場所に座っている。
ここからは、かろうじてあれは海斗くんだろう、とわかる程度。でも、参加している気にはなれる。
「やった! 先制一点!」
たぶん、佐野くんのセンタリングで海斗くんがシュートを決めた。
やっぱり顔までははっきりと見えなくて、背の高さや全体的な雰囲気で人を見分けるしかない。
「海斗とクラス委員の佐野か……?」
「……たぶんそうだと思います」
遠くを見ていた目が自分に向く。
「視力悪い?」
至近距離で意志の強い眼差しを向けられ、すぐさま顔を逸らした。
「この程度のこと……。御園生さんが過保護にしすぎるからだ。……少しは免疫つけたほうがいいと思うけど?」
「……先輩の意地悪っ」
「一応心優しい忠告のつもりだったけど……。よくわかった、翠の俺に対する認識って氷の女王とか意地悪とかそういう類なわけね」
先輩は言いながら校舎に向かって歩きだした。
これはもしかしたらずいぶんと根に持たれているのかもしれない……。
「翠葉?」
先輩が去って行った方向とは逆から桃華さんが現れた。
「桃華さんっ! 集計終わったの?」
「ううん、まだ。飲み物を買いに出てきたんだけど……。今一緒にいたのって藤宮司?」
「うん」
「信じられない……。みんな必死になって集計やってるのにっ。あーーー腹立つっ。……あの男、ほんっとに人を使うことに長けてるのよねっ」
桃華さんは勢い欲ペットボトルの蓋をギリ、と開けゴクゴクと飲み始めた。
もしかして、"優秀なクラス委員"って、つまりは桃華さんのことを指していたのかな?
想像しつつ、話題を変えることに努める。
「あのね、海斗くんが先制点入れたよ!」
「あら、がんばってるじゃない。うちのクラス、これに勝つと全二十四クラス中で三位よ? 一位や二位は今のところとってないんだけど、逆に四位以下もないのよ。平均して三位以上四位未満。ムカつくことに、一位か二位になるところにあの男のクラスと三年A組がいるのよね……」
桃華さんから黒々としたオーラーが放たれているようで一歩後ずさってしまう。
「そういえば、翠葉がここにいることクラスの誰か知ってる?」
「え? ……佐野くんが知ってるかも?」
「じゃぁ大丈夫ね」
何が、と訊こうとしたときにはすでに後ろ姿だった。たぶん、集計作業に戻るのだろう。
「何が大丈夫、なのかな……?」
不思議に思いながら、桃華さんの姿が校舎の中に消えるのを見届けた。
飛鳥ちゃんと佐野くん、大丈夫かな……。
ふたりを注意深く見ていると、そんな心配は必要なかったことに気づく。
ふたりはいつもどおりに言葉を交わしていた。
「翠葉どうかしたの?」
「ううん……。桃華さん、午後はどんな具合なの?」
「そうね、まずは外で男子サッカーの試合があるわ。うちのクラスと藤宮司のクラスの試合。それと並行して女子ハンドボールが二年G組と三年A組。それが終わると、体育館で男子バスケ二年A組と三年A組。女子バレーが一年D組と三年G組。こんなところかしら? そのあと総合優勝が算出されて表彰式よ」
「うちが出るのはサッカーだけかぁ……。お祭りおわっちゃーう」
ふてくされる飛鳥ちゃんに桃華さんが、
「飛鳥にはトリがあるでしょ?」
トリってなんだろう?
不思議に思っていると、
「翠葉。あの男、バスケで残ってるわよ」
言われてどう反応していいのかに若干困る。
桃華さんが"あの男"なんて言う人は藤宮先輩くらい。けれども、何か勘違いされている気がしてならない。
「決勝まで残るのってすごいよね?」
軸道修正するみたいに話の方向を少し逸らす。と、
「残ってるだけじゃダメよ。最後まで勝ち続けないと」
なんとも桃華さんらしい一言に一蹴されて終わってしまった。
でも、すごいことだと思う。うちのクラスとの対戦じゃないし応援に行こうかな?
そんなことを考えていると、
「嫌っていうほど混むから気をつけなさいよ」
と、言葉を見舞われた。
確かに、準決勝ですら観覧席が埋まる勢いだったのだ。それが決勝ともなればどうなるのかは想像に易い。
これは無理かも……。
桃華さんは集計作業がまだ残っていると視聴覚室に戻り、飛鳥ちゃんは委員会の仕事があると走っていった。
ひとりになった私は次の試合がある外へと足を向ける。
昇降口を一歩出るとかなり暑いと感じた。
お昼過ぎはお日様大活躍の時間だし、今日は雲ひとつない快晴。風ひとつないのだから恨めしい。
でも、せっかくうちのクラスが残ってるんだから見たいな……。
日陰はないか、と探したところ、桜の木の下がちょうどいい日陰になっていた。けれども、そこからフィールドまではかなりの距離がある。
昇降口に戻って悩んでいると、佐野くんが階段を下りてきた。
「外、出られそう?」
首を傾げて訊かれ、思わず傾げ返してしまう。
「どうしようか悩んでるところ……」
肩を竦めて見せると、
「後ろ姿がすでに『どうしよう?』って言ってた」
と、笑われる。
「やだな、それ」
「……さっき、ありがとう。いてくれて助かった」
「私は、何もしてないよ」
「いてくれるだけで救われることがあるって知ってるでしょ?」
冷たくて気持ちのいい鉄製の下駄箱に寄りかかりながらそんな話をした。
「それ、何を聴いてるの?」
佐野くんが持っているミュージックプレーヤーに話を移すと、
「これ? 今はエルレが流れてる」
「えるれ?」
「エルレガーデンって知らない?」
「……普段はインストしか聴かないの」
「聴いてみる?」
イヤホンとプレーヤーを差し出されてコクリと頷いた。
イヤホンから流れてくるのはロックのような音楽。でも、うるさいという印象ではなくて、力強いというイメージ。
「この歌詞……好きかも」
「なんの曲?」
訊かれて、片方のイヤホンを渡す。
「あぁ、いいよね。Missingって曲。俺も好き。この曲聞いてるとさ、切ないけどなんだか前向きになれるんだ。エルレの曲全般好きだけど、これはとくに好き」
一曲が終わるまで佐野くんと一緒に同じ曲を聴いていた。
「聴くならエルレのCD貸そうか?」
「本当っ?」
「うん」
「嬉しいっ!」
「近いうちに持ってくる。じゃ、俺行くわっ! それ持ってて? 聴いててかまわないから」
「ありがとう! がんばってね」
そう言って別れるとまたイヤホンをつける。
すごくポジティブな歌詞と曲調。
好きかも……。
昇降口から少し出たところで校庭を眺める。
やっぱりフィールドの近くには人がたくさん集まっていて、さらには暑そうで行ける気はしない。
「遠くからでもいいかな?」
応援には変わりないし……。
ひとりごとを口にしていると、肩を叩かれてびっくりした。
振り返ると、私の半身後ろに藤宮先輩が立っていた。
「どれだけ大きな音で聴いてるんだか……。耳、悪くする」
「あ……これ、今預かったばかりなんですけど、少し大きな音で聴きたくなる音楽だったんです」
「聴力落としたくないなら音量は控えろ」
「はい……」
「体調は?」
「大丈夫です。でも、あそこまではちょっと行けそうになくて、ここから絶賛応援中。海斗くんも出てるんですよ」
砂埃が立っている方を差して答えると、視線を感じてそちらに視線を移す。と、私を見ているのは藤宮先輩で……。
「なんでしょう……?」
「いや、笑うんだなと思って」
「私、そんなに笑わない人に見えました?」
「事実、睨まれこそすれ笑いかけられることはなかったと思うけど?」
確かにそうかもしれない……。
「少し前に、秋斗さんからもよく笑うようになったって言われました」
話した直後、藤宮先輩は眉間にしわを寄せて嫌そうな顔をした。
秋斗さんのお話しはタブーなんだろうか。
言葉の応酬が怖くて私は話をすり替える。
「先輩、お仕事は?」
「今年は一年に優秀なクラス委員がいるから」
と、私に向けてではなく、どこかシニカルに笑った。
結局、私たちは校庭からはかなり離れた桜の木の日陰、階段なる場所に座っている。
ここからは、かろうじてあれは海斗くんだろう、とわかる程度。でも、参加している気にはなれる。
「やった! 先制一点!」
たぶん、佐野くんのセンタリングで海斗くんがシュートを決めた。
やっぱり顔までははっきりと見えなくて、背の高さや全体的な雰囲気で人を見分けるしかない。
「海斗とクラス委員の佐野か……?」
「……たぶんそうだと思います」
遠くを見ていた目が自分に向く。
「視力悪い?」
至近距離で意志の強い眼差しを向けられ、すぐさま顔を逸らした。
「この程度のこと……。御園生さんが過保護にしすぎるからだ。……少しは免疫つけたほうがいいと思うけど?」
「……先輩の意地悪っ」
「一応心優しい忠告のつもりだったけど……。よくわかった、翠の俺に対する認識って氷の女王とか意地悪とかそういう類なわけね」
先輩は言いながら校舎に向かって歩きだした。
これはもしかしたらずいぶんと根に持たれているのかもしれない……。
「翠葉?」
先輩が去って行った方向とは逆から桃華さんが現れた。
「桃華さんっ! 集計終わったの?」
「ううん、まだ。飲み物を買いに出てきたんだけど……。今一緒にいたのって藤宮司?」
「うん」
「信じられない……。みんな必死になって集計やってるのにっ。あーーー腹立つっ。……あの男、ほんっとに人を使うことに長けてるのよねっ」
桃華さんは勢い欲ペットボトルの蓋をギリ、と開けゴクゴクと飲み始めた。
もしかして、"優秀なクラス委員"って、つまりは桃華さんのことを指していたのかな?
想像しつつ、話題を変えることに努める。
「あのね、海斗くんが先制点入れたよ!」
「あら、がんばってるじゃない。うちのクラス、これに勝つと全二十四クラス中で三位よ? 一位や二位は今のところとってないんだけど、逆に四位以下もないのよ。平均して三位以上四位未満。ムカつくことに、一位か二位になるところにあの男のクラスと三年A組がいるのよね……」
桃華さんから黒々としたオーラーが放たれているようで一歩後ずさってしまう。
「そういえば、翠葉がここにいることクラスの誰か知ってる?」
「え? ……佐野くんが知ってるかも?」
「じゃぁ大丈夫ね」
何が、と訊こうとしたときにはすでに後ろ姿だった。たぶん、集計作業に戻るのだろう。
「何が大丈夫、なのかな……?」
不思議に思いながら、桃華さんの姿が校舎の中に消えるのを見届けた。