光のもとでⅠ
06
『さて、がんばって後半戦いってみよー! 両チームとも体力の消耗が激しそうですが大丈夫でしょうか!? 皆さん知ってますか? この十人、誰ひとりとしてバスケ部ではないそうですっ! なんて嫌みな人たちなんでしょうね』
そんなアナウンスと共に試合が再開された。
「ってか、この人たちどんだけ運動神経いいのよ」
後ろから佐野くんの声がした。
「ホントだね」
試合もしっかり見てはいるけれど、佐野くんはそれだけではなく、飛鳥ちゃんの実況中継も聞き逃さない。
誰かが誰かを想う姿は、なんだか心がポカポカとあたたかくなる。
飛鳥ちゃん、秋斗さんも優しいけれど、佐野くんもとても優しい人だよ。
クラスの大多数の男子にはまだ慣れなくて、たまに固まってしまうこともあるけれど、佐野くんだけはちょっと違った。
一緒にいてあわあわせずにいられる人。
どうしてかはわからないけど、一緒にいてとても楽に呼吸ができる人だった。
『おっとー? ここで二年生チームフリースローですっ! シューターは影の帝王こと藤宮先輩! 息を整え神経集中! ――入りましたっ! さすが弓道部! 的は外しませんっ! 二投目――見事っ! リングに掠りもしませんでした。ラスト! ――誰もボールに障ることできずっ! よっ! 日本一っ! 闇の帝王君臨ーっ! 会場が沸きますっ! ちょっと帝王、少しくらいはリアクションしてあげてくださいっ! おっ!? これでは終われないか? 猿ですっ! コート内に猿乱入! 三年一番から三番にパスっ、速攻か!? いや、ドリブルするも二年五番にカットされ帝王に渡るっ! ロングパス出ました! がっ、会長にカットされて三年五番、四番、シュートっ! あっ、惜しい! リングにはじかれましたっ。二年チーム、帝王のアシストから三番久木田先輩、見事なバックシュート! あれ難しいんですよねっ』
飛鳥ちゃんのテンポいい実況中継を聞きながら試合を見ていたら、あっという間に終わってしまった。
結果、二点差で二年生チームの勝ち。
普段スポーツ観戦なんてめったにしない。でも、今日はとても楽しかった。
臨場感っていうのかな? その場にいるだけでも十分な感じ。
実際、試合に出ている人はどんな気持ちなんだろう?
……私にはわからない感覚だ。
タイムアップギリギリで藤宮先輩が投げたボールが、ゴールに吸い込まれるときのドキドキ感がまだおさまらない。
まるで、ゴール以外に目的地なんてないんじゃないか、と思うくらいきれいな曲線で、目が離せなかった。
「翠葉、さっきから"すごい"しか口にしてないわよ? ほかの言葉も口にしたら?」
と、桃華さんに言われてしまうくらいには「すごい」を何度も口にしていたと思う。
「だってすごいよっ!? ボールの描いた放物線見た!? すごくきれいたったのっ!」
「くっ、そっちかよ。司じゃねーの?」
海斗くんに訊かれ、
「え? あ、藤宮先輩もすごく格好良かったよ? あの顔で運動神経がいいとか反則だよね? もっと見ていたかったなぁ……。残念だけど終わっちゃったね」
右隣にいる海斗くんを見上げると、
「翠葉が喋るとなんでもかわいいな。蒼樹さんがかわいがるのがよくわかる気がする」
「右に同じく……。こんな妹ならいてもいいかな、と思う自分がいる」
私の後ろに立っていた佐野くんまでそんなことを言う。
「そうね、私も翠葉なら妹に欲しいわ」
桃華さんまでもが真顔で言うからどうしよう、と思う。
「あの……私、一応ひとつ年上なんだよ?」
苦し紛れに年齢というものを出してみたけれど、
「「そういう問題じゃないな」」
「そういう問題じゃないわね」
三人はクスクスと笑って私の頭を撫でた。
こんなことで背が縮むとは思っていない。けれど、なんだか撫でられてばかりだと、しだいに身長が縮むんじゃないかと思うほど、ずっと撫でられていた。
「次のバレー決勝で最後ね」
桃華さんが用紙を見ながら言う。
「今頃、飛鳥ちゃんはこの試合で終わっちゃうーって騒いでそう」
「間違いないな」
佐野くんと顔を見合わせて笑う。すると、
「ラストの試合も飛鳥の実況中継よ」
と、桃華さんが教えてくれた。
それはもう、意味深たっぷりな視線を佐野くんに投げながら。
……もしかして、桃華さんは佐野くんが飛鳥ちゃんを好きなことを知っているのかな?
佐野くんを振り仰ぐと、
「バレてた」
と、苦笑を浮かべた。
「そっか……」
相手が桃華さんだと「仕方ないな」と思うのはどうしてだろう?
席に座ってコートを見下ろしていると、
「中等部一年の三学期からかな? 飛鳥が開花したのは」
海斗くんが思い出したかのように口にする。
「そうそう。以来、バスケとバレーの決勝はあの子の独壇場」
桃華さんが言うと、クラス中が、
「これ聞かないと、終わったって気がしないんだよね」
と、口々に言う。
「飛鳥ちゃん、学校の名物だったんだね」
この頃になると、体育館の熱気は凄まじいものがあった。
全校生徒が七百二十人前後。それに教職員と警備員が入るので七百五十人近い人が入っている。
この学校の体育館は広い作りだし、観覧席は千二百人まで収容できると学校案内のパンフレットに書いてあった。それにも関わらず、空調が追いついていない気がする。
人の熱気ってこんなにすごいものだったんだ、と肌で感じ、クールダウンの必要性を考える。
「……桃華さん、外で少し風に当たってくるね」
「大丈夫なの?」
不安そうな声をかけられる。
「大丈夫。少し熱いだけなの。ほてりが取れたら戻ってくるから」
笑顔で答えたけれど、
「一緒に行こうか?」
「本当に大丈夫だから。桃華さんは決勝戦のバレーを観てて?」
言うと、私はチビバッグを持って観覧席の階段を上り、さらに外へ出るための階段を上った。
テラスで少し風に当たれば火照りも冷めるだろう。
なんだかヒートアップしすぎて興奮冷めやらぬ、な状態。
あのままバレーなんか見てしまったら、体力を使い果たしかねない。
でも、楽しい……。すごく、楽しい。
学校行事にまともに参加したのは初めてかもしれない。
いつもひとりでポツンと別世界を眺めている感じだったから。
学校って、こんなに楽しいところだったのね……。
こんな時間が、ずっと続けばいいのに――。
日陰と日向と半々になっているテーブルを見つけ、椅子に座ってテーブルに体を預けた。
テラスに置いてあるテーブルは強風の影響を受けないように、重量のある金属でできている。日向部分は鉄板並みの熱さだけれど、日陰の部分はとても冷たくて気持ちがいい。
各テーブルにはパラソルも備わっていて、使う人が広げたりたたんだりするので半分くらいのパラソルが開いていた。
テーブルに頬をつけると、ひんやりとして気持ちが良かった。
陽のあたる場所にミネラルウォーターを置けば、太陽の光が水と反射してテーブルの上に虹色が浮かび上がる。
「キラキラ、きれい……」
テーブルに突っ伏したまま、ペットボトルの角度を変えて遊ぶ。
体育館からは時折大きな歓声が聞こえてくる。
飛鳥ちゃんの賑やかでテンポのいい実況中継をBGMに目を閉じた。
この学校の人たちと出逢えたこと。
それは私にとって、とてつもない幸福の訪れなのかもしれない。
色んな人ともっとたくさん話ができるようになりたい。
話しかけられるんじゃなくて、自分から話しかけられるようになりたい。
自分の思ったことを、ちゃんと口にして伝えられるようになりたい……。
「Treasure every encounter,for it will never recur……かな?」
「一期一会……?」
え?
目を開けると、目の前に白衣を着た秋斗さんがいた。
「何してるの?」
秋斗さんはしゃがみこみ、テーブルの高さに目線を揃える。
「クールダウン……ですかね?」
テーブルに張り付いたまま、視線だけ向けて答える。
「いやいやいや、訊いてるのは僕」
秋斗さんがクスクスと笑った。
「あ……えと、応援に熱が入ってしまって、暑くなったから風に当たりに出てきました。このテーブルとても冷たくて気持ちがいいんです」
「そっか」
言って、おでこに手を添えられた。
「……結構熱いんだけど、大丈夫?」
「大丈夫です。スポーツ観戦がこんなに楽しいとは思わなくて、まだドキドキしてるんです。たぶん、今血圧計ったら百超えるかも?」
「楽しめたようでなにより」
秋斗さんは体育館の方へ視線を移し、
「そろそろかな……」
と、口にした。
「何が、ですか?」
「それはあとで。翠葉ちゃん、動ける?」
「え? はい……動けますけど?」
秋斗さんはにこりと笑ったまま私と手をつないだ。
「ここ、すぐに人の濁流になるから一時退避ね」
言うと、スタスタと歩いて図書棟へと連れて行かれた。
思い当たるのは、さっき目にした"全校生徒による魔の徒競走"なわけだけど、秋斗さん曰く、それほどはひどくはないらしい。
「ただ。表彰式まで少し時間があるからね。それまで涼を求めて人が出てくるんだ。今、一ヶ所空調が壊れていてうまく中の温度調整できてないからさ」
秋斗さんは学園のセキュリティの仕事をしていると聞いたけれど、もしかしたら、セキュリティ以外にも関与しているのかな?
図書室の空気は少しひんやりとしていた。
入った瞬間に手先が冷たくなったのがわかる。
「寒い?」
「寒くはないです。火照った肌に気持ちがいいくらい」
「手が急に冷たくなったからさ、思わず変温動物かと思っちゃったよ」
笑われて、変温動物には何がいたかな、と少し考える。
「……カメレオン、とかですか?」
「あはは! そうだね」
ひどい、自分で言ったのにお腹抱えて笑うとか、本当にひどい……。
笑いながらもカウンターの中に入って何か操作をしている。と、ふいに生暖かい風が通り抜けた。
窓を見て、少し窓を開けてくれたことに気づく。
「秋斗さん、ありがとうとございます」
窓を指差してお礼を言うと、「どういたしまして」と笑顔で言われた。
こんなとき、秋斗さんの優しさというか、女の子に対しての気遣いを感じる。
根本的にフェミニスト。
そんなアナウンスと共に試合が再開された。
「ってか、この人たちどんだけ運動神経いいのよ」
後ろから佐野くんの声がした。
「ホントだね」
試合もしっかり見てはいるけれど、佐野くんはそれだけではなく、飛鳥ちゃんの実況中継も聞き逃さない。
誰かが誰かを想う姿は、なんだか心がポカポカとあたたかくなる。
飛鳥ちゃん、秋斗さんも優しいけれど、佐野くんもとても優しい人だよ。
クラスの大多数の男子にはまだ慣れなくて、たまに固まってしまうこともあるけれど、佐野くんだけはちょっと違った。
一緒にいてあわあわせずにいられる人。
どうしてかはわからないけど、一緒にいてとても楽に呼吸ができる人だった。
『おっとー? ここで二年生チームフリースローですっ! シューターは影の帝王こと藤宮先輩! 息を整え神経集中! ――入りましたっ! さすが弓道部! 的は外しませんっ! 二投目――見事っ! リングに掠りもしませんでした。ラスト! ――誰もボールに障ることできずっ! よっ! 日本一っ! 闇の帝王君臨ーっ! 会場が沸きますっ! ちょっと帝王、少しくらいはリアクションしてあげてくださいっ! おっ!? これでは終われないか? 猿ですっ! コート内に猿乱入! 三年一番から三番にパスっ、速攻か!? いや、ドリブルするも二年五番にカットされ帝王に渡るっ! ロングパス出ました! がっ、会長にカットされて三年五番、四番、シュートっ! あっ、惜しい! リングにはじかれましたっ。二年チーム、帝王のアシストから三番久木田先輩、見事なバックシュート! あれ難しいんですよねっ』
飛鳥ちゃんのテンポいい実況中継を聞きながら試合を見ていたら、あっという間に終わってしまった。
結果、二点差で二年生チームの勝ち。
普段スポーツ観戦なんてめったにしない。でも、今日はとても楽しかった。
臨場感っていうのかな? その場にいるだけでも十分な感じ。
実際、試合に出ている人はどんな気持ちなんだろう?
……私にはわからない感覚だ。
タイムアップギリギリで藤宮先輩が投げたボールが、ゴールに吸い込まれるときのドキドキ感がまだおさまらない。
まるで、ゴール以外に目的地なんてないんじゃないか、と思うくらいきれいな曲線で、目が離せなかった。
「翠葉、さっきから"すごい"しか口にしてないわよ? ほかの言葉も口にしたら?」
と、桃華さんに言われてしまうくらいには「すごい」を何度も口にしていたと思う。
「だってすごいよっ!? ボールの描いた放物線見た!? すごくきれいたったのっ!」
「くっ、そっちかよ。司じゃねーの?」
海斗くんに訊かれ、
「え? あ、藤宮先輩もすごく格好良かったよ? あの顔で運動神経がいいとか反則だよね? もっと見ていたかったなぁ……。残念だけど終わっちゃったね」
右隣にいる海斗くんを見上げると、
「翠葉が喋るとなんでもかわいいな。蒼樹さんがかわいがるのがよくわかる気がする」
「右に同じく……。こんな妹ならいてもいいかな、と思う自分がいる」
私の後ろに立っていた佐野くんまでそんなことを言う。
「そうね、私も翠葉なら妹に欲しいわ」
桃華さんまでもが真顔で言うからどうしよう、と思う。
「あの……私、一応ひとつ年上なんだよ?」
苦し紛れに年齢というものを出してみたけれど、
「「そういう問題じゃないな」」
「そういう問題じゃないわね」
三人はクスクスと笑って私の頭を撫でた。
こんなことで背が縮むとは思っていない。けれど、なんだか撫でられてばかりだと、しだいに身長が縮むんじゃないかと思うほど、ずっと撫でられていた。
「次のバレー決勝で最後ね」
桃華さんが用紙を見ながら言う。
「今頃、飛鳥ちゃんはこの試合で終わっちゃうーって騒いでそう」
「間違いないな」
佐野くんと顔を見合わせて笑う。すると、
「ラストの試合も飛鳥の実況中継よ」
と、桃華さんが教えてくれた。
それはもう、意味深たっぷりな視線を佐野くんに投げながら。
……もしかして、桃華さんは佐野くんが飛鳥ちゃんを好きなことを知っているのかな?
佐野くんを振り仰ぐと、
「バレてた」
と、苦笑を浮かべた。
「そっか……」
相手が桃華さんだと「仕方ないな」と思うのはどうしてだろう?
席に座ってコートを見下ろしていると、
「中等部一年の三学期からかな? 飛鳥が開花したのは」
海斗くんが思い出したかのように口にする。
「そうそう。以来、バスケとバレーの決勝はあの子の独壇場」
桃華さんが言うと、クラス中が、
「これ聞かないと、終わったって気がしないんだよね」
と、口々に言う。
「飛鳥ちゃん、学校の名物だったんだね」
この頃になると、体育館の熱気は凄まじいものがあった。
全校生徒が七百二十人前後。それに教職員と警備員が入るので七百五十人近い人が入っている。
この学校の体育館は広い作りだし、観覧席は千二百人まで収容できると学校案内のパンフレットに書いてあった。それにも関わらず、空調が追いついていない気がする。
人の熱気ってこんなにすごいものだったんだ、と肌で感じ、クールダウンの必要性を考える。
「……桃華さん、外で少し風に当たってくるね」
「大丈夫なの?」
不安そうな声をかけられる。
「大丈夫。少し熱いだけなの。ほてりが取れたら戻ってくるから」
笑顔で答えたけれど、
「一緒に行こうか?」
「本当に大丈夫だから。桃華さんは決勝戦のバレーを観てて?」
言うと、私はチビバッグを持って観覧席の階段を上り、さらに外へ出るための階段を上った。
テラスで少し風に当たれば火照りも冷めるだろう。
なんだかヒートアップしすぎて興奮冷めやらぬ、な状態。
あのままバレーなんか見てしまったら、体力を使い果たしかねない。
でも、楽しい……。すごく、楽しい。
学校行事にまともに参加したのは初めてかもしれない。
いつもひとりでポツンと別世界を眺めている感じだったから。
学校って、こんなに楽しいところだったのね……。
こんな時間が、ずっと続けばいいのに――。
日陰と日向と半々になっているテーブルを見つけ、椅子に座ってテーブルに体を預けた。
テラスに置いてあるテーブルは強風の影響を受けないように、重量のある金属でできている。日向部分は鉄板並みの熱さだけれど、日陰の部分はとても冷たくて気持ちがいい。
各テーブルにはパラソルも備わっていて、使う人が広げたりたたんだりするので半分くらいのパラソルが開いていた。
テーブルに頬をつけると、ひんやりとして気持ちが良かった。
陽のあたる場所にミネラルウォーターを置けば、太陽の光が水と反射してテーブルの上に虹色が浮かび上がる。
「キラキラ、きれい……」
テーブルに突っ伏したまま、ペットボトルの角度を変えて遊ぶ。
体育館からは時折大きな歓声が聞こえてくる。
飛鳥ちゃんの賑やかでテンポのいい実況中継をBGMに目を閉じた。
この学校の人たちと出逢えたこと。
それは私にとって、とてつもない幸福の訪れなのかもしれない。
色んな人ともっとたくさん話ができるようになりたい。
話しかけられるんじゃなくて、自分から話しかけられるようになりたい。
自分の思ったことを、ちゃんと口にして伝えられるようになりたい……。
「Treasure every encounter,for it will never recur……かな?」
「一期一会……?」
え?
目を開けると、目の前に白衣を着た秋斗さんがいた。
「何してるの?」
秋斗さんはしゃがみこみ、テーブルの高さに目線を揃える。
「クールダウン……ですかね?」
テーブルに張り付いたまま、視線だけ向けて答える。
「いやいやいや、訊いてるのは僕」
秋斗さんがクスクスと笑った。
「あ……えと、応援に熱が入ってしまって、暑くなったから風に当たりに出てきました。このテーブルとても冷たくて気持ちがいいんです」
「そっか」
言って、おでこに手を添えられた。
「……結構熱いんだけど、大丈夫?」
「大丈夫です。スポーツ観戦がこんなに楽しいとは思わなくて、まだドキドキしてるんです。たぶん、今血圧計ったら百超えるかも?」
「楽しめたようでなにより」
秋斗さんは体育館の方へ視線を移し、
「そろそろかな……」
と、口にした。
「何が、ですか?」
「それはあとで。翠葉ちゃん、動ける?」
「え? はい……動けますけど?」
秋斗さんはにこりと笑ったまま私と手をつないだ。
「ここ、すぐに人の濁流になるから一時退避ね」
言うと、スタスタと歩いて図書棟へと連れて行かれた。
思い当たるのは、さっき目にした"全校生徒による魔の徒競走"なわけだけど、秋斗さん曰く、それほどはひどくはないらしい。
「ただ。表彰式まで少し時間があるからね。それまで涼を求めて人が出てくるんだ。今、一ヶ所空調が壊れていてうまく中の温度調整できてないからさ」
秋斗さんは学園のセキュリティの仕事をしていると聞いたけれど、もしかしたら、セキュリティ以外にも関与しているのかな?
図書室の空気は少しひんやりとしていた。
入った瞬間に手先が冷たくなったのがわかる。
「寒い?」
「寒くはないです。火照った肌に気持ちがいいくらい」
「手が急に冷たくなったからさ、思わず変温動物かと思っちゃったよ」
笑われて、変温動物には何がいたかな、と少し考える。
「……カメレオン、とかですか?」
「あはは! そうだね」
ひどい、自分で言ったのにお腹抱えて笑うとか、本当にひどい……。
笑いながらもカウンターの中に入って何か操作をしている。と、ふいに生暖かい風が通り抜けた。
窓を見て、少し窓を開けてくれたことに気づく。
「秋斗さん、ありがとうとございます」
窓を指差してお礼を言うと、「どういたしまして」と笑顔で言われた。
こんなとき、秋斗さんの優しさというか、女の子に対しての気遣いを感じる。
根本的にフェミニスト。