光のもとでⅠ
 ピッ、と音が聞こえて図書室のドアが開く。
「あっれー? 秋斗先生、かわいい子連れ込んで……」
「連れ込んでとか言わないの」
 注意を促す言葉だけど、クスクス笑いを交えてなので、叱るという感じではない。
 入ってきた人は、短い髪の毛を器用にアップにした人だった。
 見るからに"快活"という感じの人。アーモンド形のきれいな猫目が印象的。
「嵐子ちゃん、この子が御園生翠葉ちゃんだよ」
「あっ! 噂の美少女ですねっ!? 私、二年A組の荒川嵐子(あらかわらんこ)。嵐の子って書いて、ランコ。生徒会メンバーよ」
 苗字に名前がぴったりというか、苗字に名前がぴったりというか、全体的に雰囲気にぴったりな名前だなと思った。
「あ、私は一年B組の御園生翠葉、です……?」
「くっ、自己紹介に疑問符つけてどうするの? センセ、私この子気に入った!」
「かわいいでしょう? だから絶対に入ってもらおうね」
 ……ふたりは私のことなど気にせず話を進めるけれど、私は今の自己紹介でどこを気に入られたのか少々の不安が心に生じる。
 疑問符がついてしまったのは、自分の名前は自分に合っているのか、と考えてしまったから。
 名は体を表すっていうけれど、私はどうなのか、と悩んでしまったから。

 ピッ、とまた音がして新たにふたり入ってくる。
「あれー? 翠葉ちゃんがいるー」
 バスケットボールを持った加納先輩がぴょんぴょんと走り寄ってきた。
 私、未だかつてこの先輩が静止しているところを見たことがない気がするのだけど……。
「そこで濁流に呑まれそうだったから保護してきたんだ」
 秋斗さんが説明すると、
「ようこそっ! わが生徒会室へ!」
 と、まるでお伽の国の王子様のように華麗な挨拶を見せてくれた。
 ただ、その手に持っているボールだけが流麗な動作にそぐわず気になる。
「何? 誰?」
 後ろからふわふわパーマをかけたかわいい人が現れた。
 かわいい……どこから見ても女の子って感じ。まるで砂糖菓子みたいにふわふわしてる……。
「茜、こちらが御園生翠葉ちゃん」
「あ! この子なのね!」
 ふたりのやり取りを見ていると、
「翠葉ちゃん、顔に"かわいい"って書いてあるよ」
 秋斗さんが私の肩に片手を乗せて笑う。
「私、三年A組の里見茜(さとみあかね)。生徒会では副会長をしているの。翠葉ちゃん、よろしくね」
 少し小首を傾げて挨拶されるも、その仕草までもがかわいい。
「御園生翠葉です……」
 完全に見惚れていて、クラス名を言うのをすっかり忘れた。
 髪の毛ふわふわ……。
「触る? どうぞ?」
 頭を差し出されてどうしようか悩んだのだけど、好奇心に負けて手を伸ばしてしまった。
 次の瞬間には私以外の四人が吹き出す。
 ……ここは手を出すべきところじゃなかったのかな。
「相変わらず素直な子だねぇ。茜のその髪は天然パーマなんだよ」
 加納先輩も一緒になってセミロングのふわふわした髪の毛を触る。
「司が自分から声をかける女の子がいるって噂で聞いてから、どんな子かと思ってたけど……」
 じっと見られる。
 目線が一緒……私より少し低いかも?
 相手の身長を考えていると、
「納得だわ」
 と、にっこり笑われた。
 うわぁっ……お花が咲いたかと思った。お花にたとえるならなんだろう?
 必死で頭の中をひっくり返してみたけれど、なかなか、これっというものは見つからず。
「茜先輩、私も納得ですっ! 司、彼女作らないからどれだけ理想高いのかと思ってたけど……。これには納得」
 荒川先輩の言葉に里見先輩は深く頷いた。
 藤宮先輩……彼女いないの? あんなに格好いいのに? 意外……。

 さらにピッ、と音がして背の高い人がふたり入ってきた。
 ひとりは噂の主、藤宮先輩。
 私に気づくと、そのまま私のところまで歩いてくる。
「翠、何拉致られて……」
「……えっと、拉致はされてないと思います。どちらかと言うと、保護……?」
 答えると、そこにいる人みんなに笑われた。
「確かに、保護だよ保護。僕がそこで拾ってきたの」
 秋斗さんが補足すると、藤宮先輩は秋斗さんに視線を移してから私に戻す。
「それ、やっぱり拉致じゃなくて? 翠、正直に言ってかまわない」
 真剣な眼差しで言われても、やっぱり保護だと思うわけで……。
 そうこうしていると、またその場にいる人に笑われた。
「……藤宮先輩、私たち、なんで笑われてるんでしょう?」
 真面目に訊いたつもりだったけど、その回答は得ることができなかった。
「翠葉ちゃんだっけ? いいね」
 藤宮先輩の肩に腕を回してくつくつと笑う人に言われる。
 藤宮先輩は眉間にしわをよせ、ものすごく迷惑そうな顔をしていた。
 それこそ痕に残るんじゃないだろうか、と見ていこっちが心配になるほど。
「俺、二年の春日優太(かすがゆうた)。同じく生徒会メンバーです。よろしくね」
 手を差し出されて少し悩む。
 とても爽やかな笑顔の人だけど、これは藤宮先輩や秋斗さんと同じ系統の笑顔だろうか……。
 思わずじっと顔を見てしまう。そして、秋斗さんと藤宮先輩を交互に見る。
「……だから、俺のことなんだと思ってるわけ?」
 藤宮先輩はこめかみを押さえつつ、切れ味抜群な視線で私を見ていた。
「ひどいなぁ、翠葉ちゃん」
 と、傷いついたって顔で言ったのは秋斗さん。春日先輩は、
「安心して。俺、普通の人だから」
 と、言いつつ、
「もう限界っ」
 と、カウンターをバンバンと叩いて笑いだした。
 そんな中、チビバッグの中で携帯が鳴り出す。
 ディスプレイを見ると、佐野くんからだった。
「はい」
『テラス、すごいことになってるんだけど、御園生どこにいる?』
「あ、えと……図書棟にて保護されてます……?」
『わかった。迎えに行く』
「ありがとう」
 通話を切ると、
「今度は誰が来るの? かわいい子? それとも美人?」
 荒川先輩に訊かれ、
「かわいくはない……ですかね? 走ってる姿がとてもきれいな人です」
「あ、誰か来たよ」
 トコトコと里見先輩がドアに近寄りロックを解除する。と、
「あれ? 佐野くんだー」
 と、里見先輩がこちらを見た。
「あ、さっき桃華と鬼のようなスピードで集計してた気の毒な一年クラス委員」
 佐野くんを指差して言ったのは荒川先輩。
 佐野くんは、
「御園生回収しに来ました」
 と、どこか引きつり笑いをしているように見える。
「なんか、色んな人に保護される子だね?」
 バスケットボールを指でクルクルと器用に回している加納先輩に言われる。
「司に保護されてる時点で絶滅危惧種なんじゃない?」
 と、春日先輩。
「とにかく、連れて行きますね。クラスの人間にしばかれたくないんで」
 と、佐野くんにおいでおいでされた。
 ドアを出ようとしたら、ドア脇に立っていた里見先輩に後ろから手を掴まれた。
「待ってるからね? 試験突破してここまで来てね」
 にっこりと微笑まれ、条件反射のように笑顔で「はい」と答えてしまった。
 すると、
「よっしっ! 言質ふたつめ!」
 と、加納先輩がガッツポーズ。
「あれ? それノルマなの?」
 なんて春日先輩が訊いているのを聞こえない振りをして図書室をあとにした。
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