光のもとでⅠ
05
"校内マップ"なるものを入学式の前に配られた。
それを見ながら図書室へ向かう。
まず、Bクラスを出て右。Aクラスの方へと歩いていくと、廊下の突き当たりがガラス戸になっていた。その脇には広めの階段。今朝、昇降口から上がってきた階段とは別のものだ。それは、桜林館へ行くためだけの階段らしい。
この体育館は普通校舎の三階建て分の高さがある。それが二階建てのつくりになっていて、二階部分は学食フロアとなっている。
普通校舎との階の高さが異なるため、連結部分には中階段のようなものが必要になるのだ。
ガラス戸を抜けると、そこは桜林館をぐるりと囲むようにテラスがあった。
テーブルや椅子、ベンチなどもあり、今の時間はお弁当を広げている女の子たちや、たむろしている男子がいる。
桜林館は各校舎の中央に位置し、その桜林館を中心に十字に校舎が連なっていた。
桜林館は半球体のような形をしたドーム状の建物で、その周り三百六十度にテラスがついている。
校舎が九十度ごとに体育館に連結しているのだけど、その間の四十五度部分のところには一階へと続く階段が設けられていた。
階段の先には部室棟があったり校庭へ続く道にないっていたり、中庭に続いていたりと様々だ。テラスからは食堂に上がる階段が二ヵ所あった。
校舎が四棟、テラスからの出入り口が二ヵ所。少なくとも六ヶ所の出入り口があることになるけれど、多すぎないだろうか……。
でも、お昼時に出入り口で混雑しないだけでもいいのかな?
テラスを半円分歩き、自分が出てきた棟と同じようなガラス戸を開ける。
二重扉になっているガラス戸のふたつ目を開けると、真正面にはロッカーが立ち並ぶ。右側にはエレベーターがあり、その対面、左側の壁には"図書室入り口"という案内が出ていた。
ちら、と覗き見ると、廊下より少し狭い通路が存在した。距離にして七メートルほど。
その通路の奥に"図書室"と書かれたプレートを発見。
入り口の前には無事たどり着けたものの、自動ドアらしきそれは自動的には開いてくれない。ドアの前を歩いてみたり立ち止まってみたりするものの、一向に開く気配はない。
自動ドアであろうすりガラスの向こうは薄暗く、電気がついているようには見えなかった。もしかしたら誰もいなくて、自動ドア自体がロックされているのかもしれない。
どうしよう……。
ここで待ってるようにと言われたけれど、入れないのなら蒼兄に連絡を入れなくてはいけない。……ともすると、携帯電話を持っていない私は公衆電話まで行く必要がある。しかし、今日配られた教材を持って移動するのは気が引けた。正直、重みで指が千切れそうに痛いのだ。
一度教室に戻るべき?
悩んでいると後ろから声をかけられた。
「図書室に何か用? それとも生徒会に、かな?」
振り返ると、白衣を着た背の高い男の人が立っていた。
先生……?
茶色い髪に褐色の目で、ちょっと彫りの深いエキゾチックな雰囲気の人。
「あの、兄にここで待っているようにと言われたのですが、中に入れなくて……」
「……御園生翠葉ちゃん?」
名前を呼ばれてびっくりした。
「あれ? 違った?」
「い、いえ、あっています。御園生翠葉です」
「良かった」
白衣の人はにこりと笑う。
「今朝、蒼樹から妹を図書室で待たせてほしいって頼まれたんだ」
「兄を、ご存知なんですか?」
「うん、まぁ、話は中に入ってからにしようか。それ、重そうだしね」
言ったあと、私が持っていた教材の入った紙袋を取り上げられた。
「自分で持てますっ」
申し出を固辞しようと慌てて手を伸ばしたけれど、「いいから」と軽くかわされてしまった。
その人は首に下げていたカードケースからカードを取り出し、自動ドアの脇にある四角い装置に通した。
「ここはカードを通さないと入れないんだ」
そう言って、ドアを開錠し中に入れてくれる。
……ここに入るのにはカードキーが必要なのね。
白衣の人は図書室に入ると、入り口脇のカウンター内へ入っていく。
「窓とカーテン開けちゃうからちょっと待っててね」
「はい」
どうやら、照明やカーテン、窓の開閉もカウンター内にある装置で一括管理されているようだ。
カウンター内はそこそこの広さがあり、突き当りにはドアがある。ドアノブにはアナログな鍵穴。その横には数字を入力するタイプのオートロックがついている。それなのに、ドアの脇の壁には図書室の入口にあったカードキーのボックスと同じものがある。さらにはカメラ付きインターホンまで。
どうしてインターホン? しかも、カメラ付き……。
どれだけ厳重なんだろうか。
"厳重"というよりは、装置自体があれこれちぐはぐしすぎていてふざけているようにも思える。あのドアの向こうにはいったい何があるんだろう。
好奇心を掻き立てられるドアのほかにも奇妙なものがあった。それはガラス張りのシャワーブースのようなもの。
すりガラスのため中は見えない。でも、図書室のカウンター内にシャワーブースなどあるわけがない。
取っ手に「ON」「OFF」のプレートがかかっていて、謎に拍車をかける。
「OPEN」「CLOSE」の間違いではなくて……?
不思議に思っていると、まずはカーテンが開き、次に窓が数センチ開いた。春らしい心地よい風が入ってきて、図書室内の空気を変える。
廊下からのぞき見た図書室は"薄暗い"という印象だったけれど、カーテンが開くと太陽の光が燦々(さんさん)と注ぐ、とても明るい場所だった。
図書室の天井は一般教室と比べ少し高めにつくられており、照明には埋め込み型スポットライトとダクトレールに吊るされたペンダントライトが使われている。高さ二メートルほどの本棚が立ち並んでいるというのに圧迫感を感じない。
書架と書架の間隔が割りと広いことや、書架に使われている木が白木であることも空間を広く見せる要因だろう。
通路の上には、書架と同じくらいの高さに等間隔でペンダントライトが吊るされている。これなら通路が本棚で影になることもない。
熱さを感じないことから電球型蛍光灯が使われていることがうかがえた。
ところどころに観葉植物が置いてあり、目に鮮やかな緑が嬉しい。
それにしても、なんだか異様な図書室だ。
書架の側面に案内表示として書かれているのは年代らしき数字だし、書架に収まっているものは白いファイルばかり。
見渡す限りファイルファイルファイルファイル――。
書架のインデックスを見ると、○○年度生徒会というもののみ。じっとそれらを観察していると、ピッ、という電子音が聞こえた。
振り返ると自動ドアが開き、男子生徒が入ってくる。
わ……格好いい。
身長は蒼兄よりも低そうだけど百七十五センチはあると思う。
細身でメガネがよく似合う人。
見るからに神経質そうな印象を受ける。作り物みたいに端正な顔立ちが、より一層神経質そうに見せていた。
「……生徒会に用?」
低く、冷たいと感じる声で訊かれる。
「いえ、兄と待ち合わせを……」
「待ち合わせにここ……?」
眉をひそめ、訝しげに見られた。
……何かおかしいことなのだろうか。
困惑していると、まだカウンター内でキーボードをカタカタと打っている白衣の人から声がかかった。
「その子、蒼樹の妹さんなんだ。僕もまだ自己紹介すらしてないから」
そこまで言うと顔を上げる。
「とりあえず、奥行かない?」
白衣の人はカウンターの奥にあるドアを指差した。
それを見ながら図書室へ向かう。
まず、Bクラスを出て右。Aクラスの方へと歩いていくと、廊下の突き当たりがガラス戸になっていた。その脇には広めの階段。今朝、昇降口から上がってきた階段とは別のものだ。それは、桜林館へ行くためだけの階段らしい。
この体育館は普通校舎の三階建て分の高さがある。それが二階建てのつくりになっていて、二階部分は学食フロアとなっている。
普通校舎との階の高さが異なるため、連結部分には中階段のようなものが必要になるのだ。
ガラス戸を抜けると、そこは桜林館をぐるりと囲むようにテラスがあった。
テーブルや椅子、ベンチなどもあり、今の時間はお弁当を広げている女の子たちや、たむろしている男子がいる。
桜林館は各校舎の中央に位置し、その桜林館を中心に十字に校舎が連なっていた。
桜林館は半球体のような形をしたドーム状の建物で、その周り三百六十度にテラスがついている。
校舎が九十度ごとに体育館に連結しているのだけど、その間の四十五度部分のところには一階へと続く階段が設けられていた。
階段の先には部室棟があったり校庭へ続く道にないっていたり、中庭に続いていたりと様々だ。テラスからは食堂に上がる階段が二ヵ所あった。
校舎が四棟、テラスからの出入り口が二ヵ所。少なくとも六ヶ所の出入り口があることになるけれど、多すぎないだろうか……。
でも、お昼時に出入り口で混雑しないだけでもいいのかな?
テラスを半円分歩き、自分が出てきた棟と同じようなガラス戸を開ける。
二重扉になっているガラス戸のふたつ目を開けると、真正面にはロッカーが立ち並ぶ。右側にはエレベーターがあり、その対面、左側の壁には"図書室入り口"という案内が出ていた。
ちら、と覗き見ると、廊下より少し狭い通路が存在した。距離にして七メートルほど。
その通路の奥に"図書室"と書かれたプレートを発見。
入り口の前には無事たどり着けたものの、自動ドアらしきそれは自動的には開いてくれない。ドアの前を歩いてみたり立ち止まってみたりするものの、一向に開く気配はない。
自動ドアであろうすりガラスの向こうは薄暗く、電気がついているようには見えなかった。もしかしたら誰もいなくて、自動ドア自体がロックされているのかもしれない。
どうしよう……。
ここで待ってるようにと言われたけれど、入れないのなら蒼兄に連絡を入れなくてはいけない。……ともすると、携帯電話を持っていない私は公衆電話まで行く必要がある。しかし、今日配られた教材を持って移動するのは気が引けた。正直、重みで指が千切れそうに痛いのだ。
一度教室に戻るべき?
悩んでいると後ろから声をかけられた。
「図書室に何か用? それとも生徒会に、かな?」
振り返ると、白衣を着た背の高い男の人が立っていた。
先生……?
茶色い髪に褐色の目で、ちょっと彫りの深いエキゾチックな雰囲気の人。
「あの、兄にここで待っているようにと言われたのですが、中に入れなくて……」
「……御園生翠葉ちゃん?」
名前を呼ばれてびっくりした。
「あれ? 違った?」
「い、いえ、あっています。御園生翠葉です」
「良かった」
白衣の人はにこりと笑う。
「今朝、蒼樹から妹を図書室で待たせてほしいって頼まれたんだ」
「兄を、ご存知なんですか?」
「うん、まぁ、話は中に入ってからにしようか。それ、重そうだしね」
言ったあと、私が持っていた教材の入った紙袋を取り上げられた。
「自分で持てますっ」
申し出を固辞しようと慌てて手を伸ばしたけれど、「いいから」と軽くかわされてしまった。
その人は首に下げていたカードケースからカードを取り出し、自動ドアの脇にある四角い装置に通した。
「ここはカードを通さないと入れないんだ」
そう言って、ドアを開錠し中に入れてくれる。
……ここに入るのにはカードキーが必要なのね。
白衣の人は図書室に入ると、入り口脇のカウンター内へ入っていく。
「窓とカーテン開けちゃうからちょっと待っててね」
「はい」
どうやら、照明やカーテン、窓の開閉もカウンター内にある装置で一括管理されているようだ。
カウンター内はそこそこの広さがあり、突き当りにはドアがある。ドアノブにはアナログな鍵穴。その横には数字を入力するタイプのオートロックがついている。それなのに、ドアの脇の壁には図書室の入口にあったカードキーのボックスと同じものがある。さらにはカメラ付きインターホンまで。
どうしてインターホン? しかも、カメラ付き……。
どれだけ厳重なんだろうか。
"厳重"というよりは、装置自体があれこれちぐはぐしすぎていてふざけているようにも思える。あのドアの向こうにはいったい何があるんだろう。
好奇心を掻き立てられるドアのほかにも奇妙なものがあった。それはガラス張りのシャワーブースのようなもの。
すりガラスのため中は見えない。でも、図書室のカウンター内にシャワーブースなどあるわけがない。
取っ手に「ON」「OFF」のプレートがかかっていて、謎に拍車をかける。
「OPEN」「CLOSE」の間違いではなくて……?
不思議に思っていると、まずはカーテンが開き、次に窓が数センチ開いた。春らしい心地よい風が入ってきて、図書室内の空気を変える。
廊下からのぞき見た図書室は"薄暗い"という印象だったけれど、カーテンが開くと太陽の光が燦々(さんさん)と注ぐ、とても明るい場所だった。
図書室の天井は一般教室と比べ少し高めにつくられており、照明には埋め込み型スポットライトとダクトレールに吊るされたペンダントライトが使われている。高さ二メートルほどの本棚が立ち並んでいるというのに圧迫感を感じない。
書架と書架の間隔が割りと広いことや、書架に使われている木が白木であることも空間を広く見せる要因だろう。
通路の上には、書架と同じくらいの高さに等間隔でペンダントライトが吊るされている。これなら通路が本棚で影になることもない。
熱さを感じないことから電球型蛍光灯が使われていることがうかがえた。
ところどころに観葉植物が置いてあり、目に鮮やかな緑が嬉しい。
それにしても、なんだか異様な図書室だ。
書架の側面に案内表示として書かれているのは年代らしき数字だし、書架に収まっているものは白いファイルばかり。
見渡す限りファイルファイルファイルファイル――。
書架のインデックスを見ると、○○年度生徒会というもののみ。じっとそれらを観察していると、ピッ、という電子音が聞こえた。
振り返ると自動ドアが開き、男子生徒が入ってくる。
わ……格好いい。
身長は蒼兄よりも低そうだけど百七十五センチはあると思う。
細身でメガネがよく似合う人。
見るからに神経質そうな印象を受ける。作り物みたいに端正な顔立ちが、より一層神経質そうに見せていた。
「……生徒会に用?」
低く、冷たいと感じる声で訊かれる。
「いえ、兄と待ち合わせを……」
「待ち合わせにここ……?」
眉をひそめ、訝しげに見られた。
……何かおかしいことなのだろうか。
困惑していると、まだカウンター内でキーボードをカタカタと打っている白衣の人から声がかかった。
「その子、蒼樹の妹さんなんだ。僕もまだ自己紹介すらしてないから」
そこまで言うと顔を上げる。
「とりあえず、奥行かない?」
白衣の人はカウンターの奥にあるドアを指差した。