光のもとでⅠ
「どうかした?」
「いえ、秋斗さんの鼓動がお母さんの心音だとしたら、私はさしずめ赤ちゃんだな、と思って」
「君らしいけど、もう少し色気のあるたとえがいいなぁ……」
 つい本音がもれる。
「今度こそ本当にお昼にしよう? 戻ってきたら泣いてるなんてやめてね」
 もらした言葉をごまかすように立ち上がると、彼女は笑顔で「はい」と答えてくれた。
 心からの笑顔――そう、俺はこれが見たいんだ。
 この笑顔のためならなんだってできる気がする。
 俺が彼女と結婚することに親戚がうるさく言うようなら、すぐにでも藤宮の財産から手を引く。会社を辞めてもかまわない。もともとそんなものに固執はしてないのだから。
 彼女の平穏を守るためならなんでもできる。
 君は――俺がここまで考えていることなんて全く知らないんだろうね。

 寝室に戻ると、彼女はベッドの上でだるそうに体を起こしていた。
「大丈夫なの?」
「……今は大丈夫みたいです」
「良かった」
 副作用が少しずつ落ち着き始めているのかもしれない。それでもまだずいぶんとだるそうだけれど……。
 彼女には苺タルトが乗ったプレートを、自分にはサンドイッチを用意した。そして、自分にはコーヒー、彼女には果汁百パーセントのリンゴジュース。
「秋斗さん、コップを貸していただけますか?」
 遠慮気味に訊かれた。
「ちょっと待っててね」
 すぐに席を立ったものの意味は理解できていない。
 たかだか二百ミリリットルの小さな紙パックだけど、それすらも全部を飲むことができないのだろうか。
 グラスを手に戻ると、彼女はそれに水を入れてから半々になるようにリンゴジュースを注いだ。
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