光のもとでⅠ
25
食後は私の部屋でお茶をすることになった。
どうやらリビングよりもこちらのほうが落ち着くらしい。
確かに、うちはリビングも二階までの吹き抜けで開放感はあるけれど、慣れない人にはちょっと落ち着かない空間なのかもしれない。
その点、私の部屋はいたってシンプルで、秋斗さんや藤宮先輩にしてみたら、慣れ親しんだ部屋に感じるのだろう。
「ねぇ、これどこのクッキー?」
昨日作ったフロランタンをつまみながら桃華さんに訊かれる。
「昨日焼いたクッキーだから売り物じゃないよ?」
「え!? 翠葉の手作りだったの?」
「うん。そうだけど……どうかした?」
「甘さ控え目で美味しいから、帰りに買って帰ろうかと思ったの」
そう言ってもらえるのはとても嬉しい。
桃華さんにつられるようにして、秋斗さんと藤宮先輩の手も伸びてくる。
「本当だ。アーモンドが香ばしくて美味しいね。コーヒーにも合いそう」
と、言ったのは秋斗さん。
「これなら食べられる」
と、言ったのは藤宮先輩。
「先輩は甘いもの苦手なんですか?」
訊くと、言葉なく頷いた。
そういえば、以前一緒にアンダンテのケーキを食べたとき、藤宮先輩はチーズタルトだったな、と思い出す。
アンダンテのケーキはどれも甘さ控え目だけれど、甘いものが苦手な人はチーズタルトのセレクト率が高い。
何を隠そう、蒼兄がそうなのだ。
「ちょっと待っててくださいね」
私は席を外してキッチンへと向かった。
冷凍庫から挽いてあるコーヒーを取り出しコーヒーメーカーにセットすれば、数分でコーヒーのいい香りがしてくる。
その香りを堪能しながら、少し残念な気持ちになる。
香りも味も好きだけど、コーヒーを飲むと間違いなく胃が荒れて、そのあとご飯が食べられなくなる。ひどいときは戻してしまうので、香りだけしか楽しめない。
コーヒーをカップに注いでいると、やっぱり秋斗さんがキッチンにやってきて、
「いい香りだね。持っていくよ」
と、買って出てくれた。
本当はおもてなしをしたいのだけど、手伝いに来てくれたのを無下にもできず、結局はお願いすることに……。
コーヒーを先輩に差し出すと、口にした先輩の表情が緩むのを見てしまった。
コーヒー、好きなのかな?
じっと見ていると、「何」と訊かれる。
「……いえ。甘いものが苦手でコーヒーが好きなんだな、と思って」
「……食べなくていいなら甘いものは極力食べない。コーヒーは好き」
端的な答え方が先輩らしく思えた。
「翠葉ちゃん、それ、聞きたいな」
秋斗さんがハープを指差した。
「……最近は練習する時間が取れなかったから、間違わずに弾けるかはかなり怪しいですよ?」
言い訳じみた言葉をもらしても、「ぜひ」と言われたので、ハープの調弦を始めた。
「自分で調律するのね?」
桃華さんがすぐ側までやってきた。
「うん。ピアノが珍しい楽器なだけで、弦楽器は基本自分で調弦するものなの。ものによっては一曲弾くごとに調弦が必要なものもあるみたい」
昨日の夕方には調弦していたため調弦にはさほど時間もかからず、アルペジオをいくつか弾いて響きを確認する。
……何、弾こうかな?
少し考えて、楽器にちなんだ曲を弾くことにした。
「この楽器、アイリッシュハープっていうんです。もともとはアイルランドの生まれだから、アイルランドの民謡を弾きますね」
オ・カロランの曲。Sheebeg and sheemore。"大きい人と小さい人"という曲をチョイス。
短いけれど、とてもかわいらしい曲で好き。
弾き終わったあと、
「本当に弾けるんだ」
と、言ったのは藤宮先輩だった。
「先輩、それはちょっと失礼……」
苦笑を向けると、
「いつも失礼なことを言っているのは翠だと思う」
涼しい顔でさらりと言ってはコーヒーを口に含む。
私、そこまで失礼なことは口にしてないと思うんだけどな……。
「あのさ、蒼樹からオリジナル曲を作ってるって聞いたんだけど、それは?」
秋斗さんに言われて愕然とする
「あの……蒼兄はそんなに私のことを話しているんでしょうか……」
「俺たち、半強制的に反復学習させられてると思う」
藤宮先輩の言葉に耳を疑う。
半強制的に反復学習って何……。
「オリジナルって……作曲をしているということ?」
桃華さんが驚いたような顔をした。
「うん……つまりはそういうことかな」
答えると、「聞きたいな」と秋斗さんに再度リクエストされた。
短い曲をセレクトして弾くと、弾き終わったあとに三人から拍手をしてもらえた。
けれども、三人とは別の場所から拍手が聞こえてくる。
自室のドアは開けてあったので、その拍手の方を見ると、「ただいま」と蒼兄が顔を出した。
「蒼兄っ! おかえりなさいっ! 今日は早かったのね?」
時刻はまだ三時前だ。帰りは夕方になると言っていたのにずいぶんと早い。
「うん。あっちに着いて頼まれた作業を一通りやったらとっとと帰れって言われた。ほら、今日は栞さんがお休みだから翠葉が心配だったんだと思う」
「ふふっ、蒼兄、災難だったね」
「そうでもないよ。今弾いてたのは新曲だろ? それ聞けたし」
「本当に仲がいいよねぇ……」
少し呆れたように言ったのは秋斗さんだった。
お茶とコーヒーを淹れなおし、蒼兄も加わって五人で色んな話をした。
藤宮先輩が弓道を始めたきっかけが秋斗さんだったことや、桃華さんのおうちが華道の家元であること。そして、加納先輩の桃華さんが従妹関係にあるということも。
一番驚いたことは、あの加納先輩の家が合気道の道場を開いていて、加納先輩自身も師範代を務めているということ。
玲子先輩は護身術として嗜む程度で、いつもは桃華さんのおうちに通って本格的に華道を極めていらっしゃるのだとか。桃華さんと玲子先輩は免状として看板をいただいているほどの腕前だというのだからすごい。
何かを極めるってすごいことだと思う。
私は、何においても中途半端な気がした。
やっぱり、手広く趣味を増やしすぎだからだろうか……。
どうやらリビングよりもこちらのほうが落ち着くらしい。
確かに、うちはリビングも二階までの吹き抜けで開放感はあるけれど、慣れない人にはちょっと落ち着かない空間なのかもしれない。
その点、私の部屋はいたってシンプルで、秋斗さんや藤宮先輩にしてみたら、慣れ親しんだ部屋に感じるのだろう。
「ねぇ、これどこのクッキー?」
昨日作ったフロランタンをつまみながら桃華さんに訊かれる。
「昨日焼いたクッキーだから売り物じゃないよ?」
「え!? 翠葉の手作りだったの?」
「うん。そうだけど……どうかした?」
「甘さ控え目で美味しいから、帰りに買って帰ろうかと思ったの」
そう言ってもらえるのはとても嬉しい。
桃華さんにつられるようにして、秋斗さんと藤宮先輩の手も伸びてくる。
「本当だ。アーモンドが香ばしくて美味しいね。コーヒーにも合いそう」
と、言ったのは秋斗さん。
「これなら食べられる」
と、言ったのは藤宮先輩。
「先輩は甘いもの苦手なんですか?」
訊くと、言葉なく頷いた。
そういえば、以前一緒にアンダンテのケーキを食べたとき、藤宮先輩はチーズタルトだったな、と思い出す。
アンダンテのケーキはどれも甘さ控え目だけれど、甘いものが苦手な人はチーズタルトのセレクト率が高い。
何を隠そう、蒼兄がそうなのだ。
「ちょっと待っててくださいね」
私は席を外してキッチンへと向かった。
冷凍庫から挽いてあるコーヒーを取り出しコーヒーメーカーにセットすれば、数分でコーヒーのいい香りがしてくる。
その香りを堪能しながら、少し残念な気持ちになる。
香りも味も好きだけど、コーヒーを飲むと間違いなく胃が荒れて、そのあとご飯が食べられなくなる。ひどいときは戻してしまうので、香りだけしか楽しめない。
コーヒーをカップに注いでいると、やっぱり秋斗さんがキッチンにやってきて、
「いい香りだね。持っていくよ」
と、買って出てくれた。
本当はおもてなしをしたいのだけど、手伝いに来てくれたのを無下にもできず、結局はお願いすることに……。
コーヒーを先輩に差し出すと、口にした先輩の表情が緩むのを見てしまった。
コーヒー、好きなのかな?
じっと見ていると、「何」と訊かれる。
「……いえ。甘いものが苦手でコーヒーが好きなんだな、と思って」
「……食べなくていいなら甘いものは極力食べない。コーヒーは好き」
端的な答え方が先輩らしく思えた。
「翠葉ちゃん、それ、聞きたいな」
秋斗さんがハープを指差した。
「……最近は練習する時間が取れなかったから、間違わずに弾けるかはかなり怪しいですよ?」
言い訳じみた言葉をもらしても、「ぜひ」と言われたので、ハープの調弦を始めた。
「自分で調律するのね?」
桃華さんがすぐ側までやってきた。
「うん。ピアノが珍しい楽器なだけで、弦楽器は基本自分で調弦するものなの。ものによっては一曲弾くごとに調弦が必要なものもあるみたい」
昨日の夕方には調弦していたため調弦にはさほど時間もかからず、アルペジオをいくつか弾いて響きを確認する。
……何、弾こうかな?
少し考えて、楽器にちなんだ曲を弾くことにした。
「この楽器、アイリッシュハープっていうんです。もともとはアイルランドの生まれだから、アイルランドの民謡を弾きますね」
オ・カロランの曲。Sheebeg and sheemore。"大きい人と小さい人"という曲をチョイス。
短いけれど、とてもかわいらしい曲で好き。
弾き終わったあと、
「本当に弾けるんだ」
と、言ったのは藤宮先輩だった。
「先輩、それはちょっと失礼……」
苦笑を向けると、
「いつも失礼なことを言っているのは翠だと思う」
涼しい顔でさらりと言ってはコーヒーを口に含む。
私、そこまで失礼なことは口にしてないと思うんだけどな……。
「あのさ、蒼樹からオリジナル曲を作ってるって聞いたんだけど、それは?」
秋斗さんに言われて愕然とする
「あの……蒼兄はそんなに私のことを話しているんでしょうか……」
「俺たち、半強制的に反復学習させられてると思う」
藤宮先輩の言葉に耳を疑う。
半強制的に反復学習って何……。
「オリジナルって……作曲をしているということ?」
桃華さんが驚いたような顔をした。
「うん……つまりはそういうことかな」
答えると、「聞きたいな」と秋斗さんに再度リクエストされた。
短い曲をセレクトして弾くと、弾き終わったあとに三人から拍手をしてもらえた。
けれども、三人とは別の場所から拍手が聞こえてくる。
自室のドアは開けてあったので、その拍手の方を見ると、「ただいま」と蒼兄が顔を出した。
「蒼兄っ! おかえりなさいっ! 今日は早かったのね?」
時刻はまだ三時前だ。帰りは夕方になると言っていたのにずいぶんと早い。
「うん。あっちに着いて頼まれた作業を一通りやったらとっとと帰れって言われた。ほら、今日は栞さんがお休みだから翠葉が心配だったんだと思う」
「ふふっ、蒼兄、災難だったね」
「そうでもないよ。今弾いてたのは新曲だろ? それ聞けたし」
「本当に仲がいいよねぇ……」
少し呆れたように言ったのは秋斗さんだった。
お茶とコーヒーを淹れなおし、蒼兄も加わって五人で色んな話をした。
藤宮先輩が弓道を始めたきっかけが秋斗さんだったことや、桃華さんのおうちが華道の家元であること。そして、加納先輩の桃華さんが従妹関係にあるということも。
一番驚いたことは、あの加納先輩の家が合気道の道場を開いていて、加納先輩自身も師範代を務めているということ。
玲子先輩は護身術として嗜む程度で、いつもは桃華さんのおうちに通って本格的に華道を極めていらっしゃるのだとか。桃華さんと玲子先輩は免状として看板をいただいているほどの腕前だというのだからすごい。
何かを極めるってすごいことだと思う。
私は、何においても中途半端な気がした。
やっぱり、手広く趣味を増やしすぎだからだろうか……。