光のもとでⅠ
「……今、誰を何に引きずり込むって言いました?」
頭がショート寸前。いや、もうショートしているのかもしれない。
「御園生さん、本当に使えるの? 今、秋兄かなりストレートに答えたと思うけど……」
「現状を理解できないんじゃなくて、したくないだけだと思う。……大丈夫じゃない?」
蒼兄、待って……。
そうは思うものの、私はほかのことが気になって仕方ない。
「あの、"あきにい"って……?」
私は現実逃避をするように、さっきから気になっていた先輩の司書さんを呼ぶ呼称を解決することにした。
「……この話の続きでなんでそっち」
理解できないって目で先輩に見られたので、気になるからです、と心の中で答える。
「あぁ、僕と司は従兄弟なんだ。因みに、僕の弟は海斗っていうんだけど、翠葉ちゃんと同じクラスじゃない?」
あ……。
「答辞の人……?」
「くっ、そうそう。答辞の人が僕の弟」
一気に謎がふたつ解けた。司書さんは答辞の人に似てたんだ。
ふたりとも顔の彫り深ーい……。
「でもって、この学園には司のお姉さんもいるんだ」
「え? 藤宮先輩のお姉さんもいらっしゃるんですか?」
訊くと、何やら不穏な言葉の数々が聞えてくる。
「秋兄、さっき集計したこのデータ。指一本で消去できるけど?」
発信源は、カウンターにあるノートパソコンで作業をしていた藤宮先輩。
それはもう、泣く子も黙りそうな笑顔を貼り付けて右手をヒラヒラさせていた。
「んー、それはちょっと困るかな……。けど、その集計、またやらされるのは司だと思うけど?」
困ると言いつつ、全然困っているふうではない司書さん。
「……仕方ない。じゃぁ、湊(みなと)ちゃんに関しては出逢ってからのお楽しみってことで」
司書さんも蒼兄も面白そうに笑っているけれど、ただひとり、藤宮先輩だけが不機嫌そうな面持ちだった。
それにしても、従兄弟や兄弟が同じ学校にいるなんてすごい偶然ね? 確率にしたらどのくらいだろう?
考えていると、司書さんに話しかけられる。
「ここの建物、図書棟なんて言われているけど、実際には生徒が使える図書室じゃないんだ。設立当初は図書室として使われていたらしいんだけどね。今ではこの学園の生徒が使う図書館は高等部と大学の間にある梅林館(ばいりんかん)」
そう言うと、テーブルの上に学園全体地図とこの校舎のつくりが描かれているものを広げてくれた。
「この棟の主な機能は高等部の重要書類管理。三階がそうなんだけど、この部屋の奥にある階段からしか上がれないつくりになってるんだ。で、このフロア、二階は三つの部屋に分かれていて、一番奥には職員が普段必要とする資料庫がある。こちら側からも行けるけど、普段は鍵がかけてあって、一階の職員室からしか上がれないつくりになってる。その隣には不特定多数の生徒が入る梅林館では扱えない貴重な蔵書が置いてある書庫。そして、その隣がさっきこの部屋に入ってくるときに通った部屋。あそこは過去に生徒会で扱った書類なんかが置いてある。室内には放送機能も備わっているから生徒会室として使われてる。面白いくらいに一般生徒が入ってくる理由がない場所。それがこの図書室」
あのシャワーブースみたいなのは簡易放送室だったのね。
外観はほかの校舎と変らないのに、長い廊下がないのも、この部屋へ入るのに厳重なセキュリティが敷かれているのも、不思議に思ったそれぞれにはきちんとした理由があった。
謎が解けてスッキリしていると、司書さんと目が合う。
すると、にこやかな笑みが一層深まった。
どうもこの笑顔には嫌な予感しかしない。
そう思ったとき、
「だから、生徒会役員になっちゃおうね」
さらっと言われた。
嫌な予感が当たったところで嬉しくもなんともない。
「い、嫌です。……というか無理なので、辞退させてください」
私は引きつり笑いで即答した。
だって、できるわけがない。
生徒会ってそれなりに忙しいのだろうし、もし体調でも崩して誰かに迷惑かけることになったら……?
――無理。
そんなプレッシャーには耐えられそうにない。そもそも部活だって入らなくちゃいけないわけで……。
「じゃぁ、翠葉。学校終わったらどこで待ってるつもり?」
蒼兄に訊かれる。
「え? 部活にも入らなくちゃいけないみたいだし、部活が終わったら図書館で待ってるよ? 図書館の方が大学にも近いのでしょう?」
蒼兄が血相を変え、ブンブンと首を振る。そして、神妙な顔で話しだした。
「実はな、翠葉……あそこは悪いムシがいっぱいいるんだ。翠葉はムシが嫌いだろ? やめておいたほうがいいと思う……」
「……そんなに虫がたくさんいるの? それは、ちょっと嫌かな……」
この学園の図書館は大きく蔵書数が多いことで有名なのだけど、虫だけは天と地がひっくり返っても好きになれそうにはない。とくに飛行物体なんて脅威だ。
リアルに昆虫を想像していると、肩を震わせて笑う司書さんと呆れた顔をした先輩が目に入った。
「くっ……確かに、性質の悪いムシがいっぱいいるな」
「御園生さん、相変わらずですね……」
ふたりの視線を蒼兄は苦笑で受け流す。
「ま、どこに行ってもムシはいるんだけど……それならここが一番いいんじゃないかな? 万が一、悪いムシが入ってきても僕が捻り潰してあげるよ」
それは頼もしい限りだけれど……。
「でも、生徒会役員はちょっと……」
小声で反論してみる。
「なんで? 生徒会ってそんなに嫌かな? 結構楽しいと思うよ?」
司書さんからもっともな疑問を投げかけられ、私は説明する言葉が見つからなくて言葉に詰まる。
困り果てて蒼兄を見ると、蒼兄は軽くため息をついて頭をポンポンとしてくれた。
「……不安なのは体調?」
思いがけないことを訊かれた。
反射的に声の主を見ると、カウンターから窓際に移った藤宮先輩だった。
先輩は窓枠に寄りかかってこっちを見ている。
咄嗟に俯いてしまったけど、確認しなくちゃいけないことがあった。
視界に入った蒼兄の袖口をぎゅっと掴む。
「なんで? ……蒼兄、なんで知ってるの?」
なんで先輩が私の体のことを知っているのか、と訊きたかった。
答えを急かすように蒼兄の顔を見る。と、そこには蒼兄がめったに見せない不機嫌な顔があった。視線の先は藤宮先輩。
私の視線に気づくと、蒼兄は私に視線を戻し困った人の顔になる。
沈黙を破ったのは司書さんのため息。
「翠葉ちゃん、翠葉ちゃんの体のことは蒼樹が話したくて話したわけじゃないんだよ」
どういう、意味……?
私は、自分で思っているよりも遙かに気が動転していた。
頭がショート寸前。いや、もうショートしているのかもしれない。
「御園生さん、本当に使えるの? 今、秋兄かなりストレートに答えたと思うけど……」
「現状を理解できないんじゃなくて、したくないだけだと思う。……大丈夫じゃない?」
蒼兄、待って……。
そうは思うものの、私はほかのことが気になって仕方ない。
「あの、"あきにい"って……?」
私は現実逃避をするように、さっきから気になっていた先輩の司書さんを呼ぶ呼称を解決することにした。
「……この話の続きでなんでそっち」
理解できないって目で先輩に見られたので、気になるからです、と心の中で答える。
「あぁ、僕と司は従兄弟なんだ。因みに、僕の弟は海斗っていうんだけど、翠葉ちゃんと同じクラスじゃない?」
あ……。
「答辞の人……?」
「くっ、そうそう。答辞の人が僕の弟」
一気に謎がふたつ解けた。司書さんは答辞の人に似てたんだ。
ふたりとも顔の彫り深ーい……。
「でもって、この学園には司のお姉さんもいるんだ」
「え? 藤宮先輩のお姉さんもいらっしゃるんですか?」
訊くと、何やら不穏な言葉の数々が聞えてくる。
「秋兄、さっき集計したこのデータ。指一本で消去できるけど?」
発信源は、カウンターにあるノートパソコンで作業をしていた藤宮先輩。
それはもう、泣く子も黙りそうな笑顔を貼り付けて右手をヒラヒラさせていた。
「んー、それはちょっと困るかな……。けど、その集計、またやらされるのは司だと思うけど?」
困ると言いつつ、全然困っているふうではない司書さん。
「……仕方ない。じゃぁ、湊(みなと)ちゃんに関しては出逢ってからのお楽しみってことで」
司書さんも蒼兄も面白そうに笑っているけれど、ただひとり、藤宮先輩だけが不機嫌そうな面持ちだった。
それにしても、従兄弟や兄弟が同じ学校にいるなんてすごい偶然ね? 確率にしたらどのくらいだろう?
考えていると、司書さんに話しかけられる。
「ここの建物、図書棟なんて言われているけど、実際には生徒が使える図書室じゃないんだ。設立当初は図書室として使われていたらしいんだけどね。今ではこの学園の生徒が使う図書館は高等部と大学の間にある梅林館(ばいりんかん)」
そう言うと、テーブルの上に学園全体地図とこの校舎のつくりが描かれているものを広げてくれた。
「この棟の主な機能は高等部の重要書類管理。三階がそうなんだけど、この部屋の奥にある階段からしか上がれないつくりになってるんだ。で、このフロア、二階は三つの部屋に分かれていて、一番奥には職員が普段必要とする資料庫がある。こちら側からも行けるけど、普段は鍵がかけてあって、一階の職員室からしか上がれないつくりになってる。その隣には不特定多数の生徒が入る梅林館では扱えない貴重な蔵書が置いてある書庫。そして、その隣がさっきこの部屋に入ってくるときに通った部屋。あそこは過去に生徒会で扱った書類なんかが置いてある。室内には放送機能も備わっているから生徒会室として使われてる。面白いくらいに一般生徒が入ってくる理由がない場所。それがこの図書室」
あのシャワーブースみたいなのは簡易放送室だったのね。
外観はほかの校舎と変らないのに、長い廊下がないのも、この部屋へ入るのに厳重なセキュリティが敷かれているのも、不思議に思ったそれぞれにはきちんとした理由があった。
謎が解けてスッキリしていると、司書さんと目が合う。
すると、にこやかな笑みが一層深まった。
どうもこの笑顔には嫌な予感しかしない。
そう思ったとき、
「だから、生徒会役員になっちゃおうね」
さらっと言われた。
嫌な予感が当たったところで嬉しくもなんともない。
「い、嫌です。……というか無理なので、辞退させてください」
私は引きつり笑いで即答した。
だって、できるわけがない。
生徒会ってそれなりに忙しいのだろうし、もし体調でも崩して誰かに迷惑かけることになったら……?
――無理。
そんなプレッシャーには耐えられそうにない。そもそも部活だって入らなくちゃいけないわけで……。
「じゃぁ、翠葉。学校終わったらどこで待ってるつもり?」
蒼兄に訊かれる。
「え? 部活にも入らなくちゃいけないみたいだし、部活が終わったら図書館で待ってるよ? 図書館の方が大学にも近いのでしょう?」
蒼兄が血相を変え、ブンブンと首を振る。そして、神妙な顔で話しだした。
「実はな、翠葉……あそこは悪いムシがいっぱいいるんだ。翠葉はムシが嫌いだろ? やめておいたほうがいいと思う……」
「……そんなに虫がたくさんいるの? それは、ちょっと嫌かな……」
この学園の図書館は大きく蔵書数が多いことで有名なのだけど、虫だけは天と地がひっくり返っても好きになれそうにはない。とくに飛行物体なんて脅威だ。
リアルに昆虫を想像していると、肩を震わせて笑う司書さんと呆れた顔をした先輩が目に入った。
「くっ……確かに、性質の悪いムシがいっぱいいるな」
「御園生さん、相変わらずですね……」
ふたりの視線を蒼兄は苦笑で受け流す。
「ま、どこに行ってもムシはいるんだけど……それならここが一番いいんじゃないかな? 万が一、悪いムシが入ってきても僕が捻り潰してあげるよ」
それは頼もしい限りだけれど……。
「でも、生徒会役員はちょっと……」
小声で反論してみる。
「なんで? 生徒会ってそんなに嫌かな? 結構楽しいと思うよ?」
司書さんからもっともな疑問を投げかけられ、私は説明する言葉が見つからなくて言葉に詰まる。
困り果てて蒼兄を見ると、蒼兄は軽くため息をついて頭をポンポンとしてくれた。
「……不安なのは体調?」
思いがけないことを訊かれた。
反射的に声の主を見ると、カウンターから窓際に移った藤宮先輩だった。
先輩は窓枠に寄りかかってこっちを見ている。
咄嗟に俯いてしまったけど、確認しなくちゃいけないことがあった。
視界に入った蒼兄の袖口をぎゅっと掴む。
「なんで? ……蒼兄、なんで知ってるの?」
なんで先輩が私の体のことを知っているのか、と訊きたかった。
答えを急かすように蒼兄の顔を見る。と、そこには蒼兄がめったに見せない不機嫌な顔があった。視線の先は藤宮先輩。
私の視線に気づくと、蒼兄は私に視線を戻し困った人の顔になる。
沈黙を破ったのは司書さんのため息。
「翠葉ちゃん、翠葉ちゃんの体のことは蒼樹が話したくて話したわけじゃないんだよ」
どういう、意味……?
私は、自分で思っているよりも遙かに気が動転していた。