光のもとでⅠ
「それ、ちゃんと羽織ってくれないか?」
 俺は手に持て、という意味で上着を脱いだわけじゃない。
 薄着でいるな、と言ったはずだ。
 戸惑う翠に俺は苛立ちを隠さない。
 そんな俺を察した武明さんが即座に動き、翠の手にある上着を手早く背にかけた。
 俺はメガネを外し、「これだけ持ってて」と池の縁にある石に置く。
 水は冷たかったが頭を冷やすのにはちょうどよかった。
 ただ上着を背にかけただけ――それなのに、武明さんの手が翠の手に少し触れたんじゃないかとか、そんな些細なことまで気になる俺はおかしい。
 そんな自分は冷静さを取り戻すべく頭を冷やすべきだったし、どうして翠があんな状態になっているのか、もっと早くに気づくべきだった。
 翠にとっての携帯――その意味をもっときちんと把握しておくべきだった。
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