光のもとでⅠ
五分もすると簾条さんが戻ってきた。
「お料理、きれいですね」
まだ充血した目で料理を愛でる。
向かいに座りお膳から顔を上げると、真っ直ぐに俺を見た。
「蒼樹さん、それで蒼樹さんはどうされるんですか?」
「え……?」
びっくりした。
少し前まで泣いていたのに、今、俺を見据えるその目はとても強い光を放っている。
揺らぎのない目とはこういう眼差しを言うのか――。
「何もできない……。というよりは、何もするなと言われてきたところなんだ。気持ちを訊き出そうとするともっと負担になるからって。今の状態が続いてもストレスで心臓に負担がかかるとも言われて、自分に何ができるのか見失っているところ。でも、湊さんになら翠葉は心の内を話せるらしくて……。しばらくは湊さんに任せてくれって言われてきた」
「……話せる人がひとりはいるんですね。……それが私じゃないのが残念でなりませんけど」
とても悔しそうに簾条さんは顔を歪めた。
「私、もう翠葉がいない学校生活は考えられないんです。だから、楽しくて仕方なくて、辞めたくないと思うように仕向けます。……蒼樹さんは? 何もしないつもりですか? 気持ちを吐き出させることだけが正解のルートじゃないですよね? ほかにもやれることはありますよね?」
妙に勝気な目が俺を射止めていた。
「……私、先に言いましたよ? あんまり情けないようだったら総攻撃仕掛けるって」
言うと、きれいににこりと笑って見せた。
……信じられない。この子、本当に十五歳か……?
驚いていると、クスリ、と笑われた。
「蒼樹さんと翠葉って本当にそっくり。思ってることが顔に出すぎですよ」
「……申し訳ない」
唖然としてしまって言葉が続かない。
「私、負けず嫌いなんです。それに人を動かすのは割と得意なんですよね。……絶対に翠葉と一緒に卒業します。……まだ入学したばかりですけど、そのくらい長期戦で考えておかないと翠葉には勝てそうにないので……。あの子、思ったよりも頑固だし意地っ張りだし……。幸い、協力者にはこと欠かしません。翠葉ったらクラスメイトに愛されてますから」
不敵に笑う簾条さんを魅力的だと思ってしまった。
「簾条さん、強いや……」
「蒼樹さんが弱すぎるんです。まぁ、これだけ溺愛している妹が実は自分が死んでもいいとか思っていたら、普通は思考停止しても不思議じゃないですけど……。でも、そのままじゃヘタレですよ」
「手厳しいな……。でも、確かに――立ち止まってるわけにもいかないな」
「さっ、ご飯を食べてまずはご自分が元気になってください」
簾条さんの言葉で、目の前にある美味しそうな膳にやっと箸を伸ばすことができた。
簾条さんも美味しそうに、とても上品に箸をつけていく。
外見も内面も大人っぽいけれど、美味しそうに食べる表情は年相応に見えた。
「やっぱり簾条さんは強力な味方だな」
「……だから言ってるじゃないですか。結託することはあっても敵対することはないって」
そういえば、そんなことも言われたっけ……。
「優先順位は違うかもしれません。でも、翠葉を大切に思う気持ちは負けるつもりありませんよ」
「……そんなふうに挑戦的に笑わないでもらえるかな? つい惚れてしまいそうになる」
直後、彼女は絶句し顔をほんのりと赤く染めた。
「……年上の人ってずるいです。そうやってからかうんだから……。私のことからかったりしたらあとが大変ですよっ? 容赦なく反撃させてもらいますからねっ」
赤くなったのも束の間。目の前の彼女はとっとと体勢を立て直して反撃してくる。
翠葉とは異なるリターンが面白いと感じた。
なんかすごく新鮮だ。
「駐車場で埋没してた俺を見つけてくれてありがとう。それから、話を聞いてくれてありがとう。かなり救われた……」
いいや……この子の前では開き直ることにしよう。
八歳年上でもしょせん自分はこんなものだ。
翠葉のこととなるとすぐに動揺する、どうしようもない兄バカ。
「……あれ、埋没してたんですか?」
簾条さんはおかしそうに笑い、
「蒼樹さんは格好悪くなんかないですよ。そこまで妹のことを大切にできる人、あまりいませんから」
それはたぶん、みんな"失う"ということを漠然としか考えることができないからだ……。
「俺はさ、一年前に一度失いかけたからだよ。だから、必死になる。なくなったらもう取り返しがきかないって知っているから……」
「それでも、です。それを実行できる人とできない人がいます。だとしたら、蒼樹さんは格好いい」
真っ直ぐにこちらを見てさらりと言い放てば、何事もなかったようにお吸い物に手を伸ばす。
「簾条さん、またご飯に誘ってもいいかな?」
訊くと、「喜んで」と躊躇いのない返事を聞くことができた。
この子とはもっと話してみたいかな……。
そんなふうに思ったことに正直驚いていた。
……やばい。俺、この子のこと好きになるかも――。
午前中の最悪な気分は吹っ飛んで、とてもあたたかく新鮮な気持ちで午後を迎えることができた。
すべては簾条さんのおかげ。
簾条さんが翠葉の友達で嬉しいと思った。なんて心強いのだろうか、と。
俺も翠葉も、周りの人に恵まれていると思うべきだろうな……。
帰り、簾条さんを送ったら秋斗先輩のところへ行こう。お礼を言いに……。
そして、今後のことを話しに――。
「お料理、きれいですね」
まだ充血した目で料理を愛でる。
向かいに座りお膳から顔を上げると、真っ直ぐに俺を見た。
「蒼樹さん、それで蒼樹さんはどうされるんですか?」
「え……?」
びっくりした。
少し前まで泣いていたのに、今、俺を見据えるその目はとても強い光を放っている。
揺らぎのない目とはこういう眼差しを言うのか――。
「何もできない……。というよりは、何もするなと言われてきたところなんだ。気持ちを訊き出そうとするともっと負担になるからって。今の状態が続いてもストレスで心臓に負担がかかるとも言われて、自分に何ができるのか見失っているところ。でも、湊さんになら翠葉は心の内を話せるらしくて……。しばらくは湊さんに任せてくれって言われてきた」
「……話せる人がひとりはいるんですね。……それが私じゃないのが残念でなりませんけど」
とても悔しそうに簾条さんは顔を歪めた。
「私、もう翠葉がいない学校生活は考えられないんです。だから、楽しくて仕方なくて、辞めたくないと思うように仕向けます。……蒼樹さんは? 何もしないつもりですか? 気持ちを吐き出させることだけが正解のルートじゃないですよね? ほかにもやれることはありますよね?」
妙に勝気な目が俺を射止めていた。
「……私、先に言いましたよ? あんまり情けないようだったら総攻撃仕掛けるって」
言うと、きれいににこりと笑って見せた。
……信じられない。この子、本当に十五歳か……?
驚いていると、クスリ、と笑われた。
「蒼樹さんと翠葉って本当にそっくり。思ってることが顔に出すぎですよ」
「……申し訳ない」
唖然としてしまって言葉が続かない。
「私、負けず嫌いなんです。それに人を動かすのは割と得意なんですよね。……絶対に翠葉と一緒に卒業します。……まだ入学したばかりですけど、そのくらい長期戦で考えておかないと翠葉には勝てそうにないので……。あの子、思ったよりも頑固だし意地っ張りだし……。幸い、協力者にはこと欠かしません。翠葉ったらクラスメイトに愛されてますから」
不敵に笑う簾条さんを魅力的だと思ってしまった。
「簾条さん、強いや……」
「蒼樹さんが弱すぎるんです。まぁ、これだけ溺愛している妹が実は自分が死んでもいいとか思っていたら、普通は思考停止しても不思議じゃないですけど……。でも、そのままじゃヘタレですよ」
「手厳しいな……。でも、確かに――立ち止まってるわけにもいかないな」
「さっ、ご飯を食べてまずはご自分が元気になってください」
簾条さんの言葉で、目の前にある美味しそうな膳にやっと箸を伸ばすことができた。
簾条さんも美味しそうに、とても上品に箸をつけていく。
外見も内面も大人っぽいけれど、美味しそうに食べる表情は年相応に見えた。
「やっぱり簾条さんは強力な味方だな」
「……だから言ってるじゃないですか。結託することはあっても敵対することはないって」
そういえば、そんなことも言われたっけ……。
「優先順位は違うかもしれません。でも、翠葉を大切に思う気持ちは負けるつもりありませんよ」
「……そんなふうに挑戦的に笑わないでもらえるかな? つい惚れてしまいそうになる」
直後、彼女は絶句し顔をほんのりと赤く染めた。
「……年上の人ってずるいです。そうやってからかうんだから……。私のことからかったりしたらあとが大変ですよっ? 容赦なく反撃させてもらいますからねっ」
赤くなったのも束の間。目の前の彼女はとっとと体勢を立て直して反撃してくる。
翠葉とは異なるリターンが面白いと感じた。
なんかすごく新鮮だ。
「駐車場で埋没してた俺を見つけてくれてありがとう。それから、話を聞いてくれてありがとう。かなり救われた……」
いいや……この子の前では開き直ることにしよう。
八歳年上でもしょせん自分はこんなものだ。
翠葉のこととなるとすぐに動揺する、どうしようもない兄バカ。
「……あれ、埋没してたんですか?」
簾条さんはおかしそうに笑い、
「蒼樹さんは格好悪くなんかないですよ。そこまで妹のことを大切にできる人、あまりいませんから」
それはたぶん、みんな"失う"ということを漠然としか考えることができないからだ……。
「俺はさ、一年前に一度失いかけたからだよ。だから、必死になる。なくなったらもう取り返しがきかないって知っているから……」
「それでも、です。それを実行できる人とできない人がいます。だとしたら、蒼樹さんは格好いい」
真っ直ぐにこちらを見てさらりと言い放てば、何事もなかったようにお吸い物に手を伸ばす。
「簾条さん、またご飯に誘ってもいいかな?」
訊くと、「喜んで」と躊躇いのない返事を聞くことができた。
この子とはもっと話してみたいかな……。
そんなふうに思ったことに正直驚いていた。
……やばい。俺、この子のこと好きになるかも――。
午前中の最悪な気分は吹っ飛んで、とてもあたたかく新鮮な気持ちで午後を迎えることができた。
すべては簾条さんのおかげ。
簾条さんが翠葉の友達で嬉しいと思った。なんて心強いのだろうか、と。
俺も翠葉も、周りの人に恵まれていると思うべきだろうな……。
帰り、簾条さんを送ったら秋斗先輩のところへ行こう。お礼を言いに……。
そして、今後のことを話しに――。