光のもとでⅠ
 石鹸を泡立てる手をじっと見ながら必死に堪えていると、頭を二回叩かれる。
「大丈夫」のおまじない。
 弾みで涙が二粒落ちた。けど、お湯やほかの水滴に紛れて一瞬で消えた。
 言葉がなくても優しい空気に包まれているのがわかる。
 今、隣にいるのが蒼兄で良かった。もしも蒼兄じゃなくて唯兄だったら、何か訊かれてしまいそうだから。
 安心したはずなのになんとも言えない苦いものが心にあって、胃が……きゅ、と音を立てた。

 夕飯が食べ終わると各々幸倉に帰る用意をし始めたけれど、私の用意はすぐに終わってしまう。
 本来の家に帰るのだから、持ってきたものすべてを持って帰る必要はない。
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