微笑みと共に、世界は眠る
「ええ。いつかきっと、見ることが出来るわ」
"戦争が終わればね"とは決して言えなかった。
「ママがね、いい子にしてたら願いごとが叶うって言ってたんだ。だから僕、いい子にしとくね!」
何の疑いもない無垢な笑顔に、少女の心が痛いと叫ぶ。
「あのね、実は――」
言いかけたその時、少し先の方で一人の女性が誰かの名前を呼んだ。
「ママだ! お姉ちゃん、またその写真見せてね!」
おやすみ、と元気よく言って、男の子は母親の元へと走っていく。
「ママ、僕ね、外にある空と海の写真を見せてもらったんだよ!」
「海? それはどんなものなの?」
「青くてね、その中にいろんな生き物がいるんだよ!」
「そうなの? 見てみたいわね」
うん! と男の子は言う。そんな男の子の頭を、母親は優しく撫でた。
「誰に見せてもらったの?」
「えっとね、えっと……」
さっきまで明るかった顔が次第に曇っていく。
「どうしたの?」
「んー、忘れちゃった」
「さっきまで一緒だったのに?」
「うん。なんでだろう?」
首を傾げる男の子に彼女は微笑む。そしてその小さな手を握った。
「もう寝る時間だから、帰ろっか」
二人の姿が家々に挟まれた小道の中で小さくなっていくのを、少女は見つめる。
( あのね、実は―― )
危うく、あの子の希望を奪ってしまうところだった。
小さなため息を彼女は零す。
私も、昔はあの子のように輝いた瞳をしていたのにね。
美しい景色に、心を奪われてしまうほどの壮麗さを放つ建物。
綺麗なものがたくさんあるこの世界は、素晴らしい。
あの時は確かに、そう感じていたのに。
なのに今は、消えてしまう方がいいと思うなんて。
「世界は、残酷ね」
悲しげに、少女は笑った。