微笑みと共に、世界は眠る
地下通路から出て、二人は茜色の空を見上げる。
「幼い頃、俺は一度だけ、父と一緒に外に出たことがあるんだ」
おもむろに、青年は話し出す。
「その時に初めて、俺は地上の空気に触れた。そして、人工のものとは全く違う、本物の空を見た」
迷路のように入り組んだ道を、不安そうに父の手を握り、共に歩いたことを彼は思い出す。
崩れ落ちた建物の間に消えてゆく夕陽。見上げれば見上げるほど、吸い込まれてしまいそうになる、紫紺の空。
初めて目にするその美しき光景に、彼はしばらく声を出さずに魅入った。
「その時、父が俺に言ったんだ。〝お前にもいつか、守りたいものができる〟と。そして、更にこう言った。〝守りたいものは、傷ついてでも守り通せ〟と。それから数日後に、父が死んだという知らせがきた」
冷ややかな風が、二人の間を通り抜ける。
「……あまり父と会ったことはないけど、それでも俺は、誰よりもかっこいい父だと思ってるんだ。そして俺は父の言った通り、守りたいものは守り通すと決めた。……って俺、何言ってんだろな」
恥ずかしい、と彼は顔を背ける。そんな姿を彼女は微笑ましく見つめ、茜色の空を見上げる。
「――きれいね」
その言葉に、彼も顔を上げる。そうだな、と静かに言った。
心穏やかに、二人は街中を進んでいく。
しかしそんな静寂は、ひとつの銃声によって掻き消された。