微笑みと共に、世界は眠る
「広場の方からだわ……」
「俺が見てくる。君は此処で待ってるんだ」
そう言って、彼は走り出した。胸騒ぎが襲い、彼女は胸元を握り締める。
――だめ。お願い、行かないで。
見えなくなるその姿に、不安が心を蝕んでゆく。そして青年の後を追い、少女も走り出した。
「――っ……!」
広場に着き、彼女は息を呑む。彼は目を見開けていた。
「お前、は……」
青年の目の前には、拳銃を構える少年が一人。その少年の姿に、彼は驚きを隠せなかった。
思わず、彼は足を一歩前に踏み出す。
「く、来るな!」
声を荒げる少年。震えた手で拳銃を握る様子に、まだ経験不十分だということがわかる。ひどく動揺している少年の姿に、少女はいけない、と胸の内で呟いた。
「やめて!」
咄嗟に彼女は青年の前に立ち塞がる。刹那、耳の奥にまで響く銃声が、広場にこだました。
腕を引かれ、地面に倒れ込む少女。発砲の反動で後ろにくず折れる少年。
「……っ」
脇腹を押さえ、青年は膝から崩れ落ちる。
「カンナ!」
すぐに彼女は駆け寄り、傷口を押さえる。少年は唇を震わせながら、その様子を見つめる。
「っ……銃、使えるようになったんだな」
安心したかのように、彼は微笑む。その言葉に、その笑みに、少年は目を見開けた。
「――っ!」
刹那、頭が割れてしまうかのように、ひどい痛みが走る。
「う、あああああああ!」
額を押さえながら、ふらりと立ち上がる。少年は逃げるかのように、その場から走り去る。呆然と、彼はそれを見つめた。
「っ、いや、いやっ……!」
涙ぐむ声が、耳朶に響く。赤く染まる少女の手に、青年はそっと触れた。
静かに、彼は微笑みながら首を横に振る。それはまるで、もういいよ、というかのような表情で。
喉の奥が焼けてしまうかのように熱く、彼女は強く唇を噛み締める。
止め処なく流れ出す血が、地を覆う。少女はどうすることもできなかった。
「……聞いてほしいことが、あるんだ」
そう言って、彼は必死に起き上がろうとする。咄嗟に彼女は後ろに周り、自分の体にもたれさせた。
少女が青年の胸元に手を添えると、彼は自分の右手を、彼女の左手に絡ませる。
そして、彼は言う。柔らかく言う。
「君が……苦しむ必要は、ないよ」
その優しい声に、胸の中が締め付けられる。
「ええ」
声を震わせないように、必死に彼女は抑えた。
勢いよく彼は口から血を吐く。それでも懸命に、おもむろに、彼は続けた。
「俺は君の、味方だから」
彼の指に、力が込められる。その言葉の本当の意味を、すぐに彼女は悟った。
「……っ」
零れ落ちそうになる感情を堪え、強く、指を絡める。その温もりに、彼は笑みを浮かべる。
そして、彼は言う。消えゆく声で言う。
「愛して、る」
瞼は静かに、下された。
「――っ」
青年の頬に零れ落ちる、悲しみの粒。彼の頭を、優しく膝上に乗せる。そして少女は静かに、冷たくなった唇に口付けをした。