微笑みと共に、世界は眠る
終章―廻る世界と、過去の二人

*1



分厚い雲で覆われた空。紺碧に染まった海。身を切るような風が吹く度に、砂が宙を舞う。
そこに生命の音はなく、寂れていた。

「みんな、集まってくれ」

白髪(はくはつ)に皺の多い顔貌。白衣を着し、上半分だけがふちで囲まれている眼鏡をかけた男が一人、静かに口を開いた。
同じく白衣を着た者たちが、次々と彼の前に集まる。見るも無残な姿と化した地上ではなく、地下奥深くに、その壮大な広さを持つ研究所は設備されていた。そして彼らが集まっている研究所のある一室には、幾つもの精密機器が設備されており、そこに取り付けられている甚だ大きい液晶画面には、心電図のような緑色の波形が流れている。
しかしその波形の高さは低く、決していい状態とはいえない。

「今から、K1025の〝中身(ココロ)〟を、このモニターに繋げる」

そう言って、機器を操作している中年の男性を一瞥し、頷く。その男性はいくつかの鍵盤を打ち、あるスイッチを上げた。
少しして、波形の色が緑から橙に変わる。

「K1025、聞こえているかね」

研究者であり、また指導者でもあるその眼鏡をかけた男は、おもむろに画面に向かって話しかけた。

〝――ええ〟

静かに彼らの耳に入る、少女の声。

「私たちは、君が覚醒してから八十九年後の今を生きている、者たちなんだが」

〝あれからもう、九十年も経ったのね〟

ああ、と彼は言う。

「私たち研究者は君(コア)の状況を知るために、君の精神状態を常に記録していた。君が強く感じた思いや感情も、記録していたんだ」

彼ら研究者は少女の感情を薄くした。絶望や悲しみの淵に落とされてしまわないように。無駄な感情に、揺さぶられないように。
けれど一人の男が、他の者たちに気付かれないように、その〝操作〟を変えた。

これから自分の世界を背負い続ける彼女に、世界の素晴らしさを感じさせてあげたいために。
〝人形〟のような存在ではなく、少しでも、〝人間〟に近づけるために。けれど、〝死にたい〟という思いだけは、芽生えにくくした。
他の者たちがそれに気付いたのは、少女が覚醒してからだった。ひとつの生命として目覚めた彼女の〝設定〟を変更することはできず、彼らは変わりに精神状態を細密に記録することにしたのである。

〝そうだったの。けれど私の体は……世界は、もう壊れてしまったわ。〝失敗作〟の私に、今更何の用があるというの?〟

「……君は〝新しく世界が生まれ変わるなら〟、と強く思ったことがあるだろう?」

その言葉に、少女は黙り込む。

「私たちは、もう一つの新しい〝世界〟を創ることに成功した。そこで、君に訊きたいんだ。新しい〝世界〟の核(コア)として、もう一度、存在するかどうかを」

〝……そんなこと、できないわ。〝今〟こうして私の〝中身(ココロ)〟が存在するのは、砕けたスピラの力が、まだ残っているから。けれどまた核となるには、砕け残ったエネルギーだけでは足りないもの〟

「――私たちは数十年前に、君の〝中身(ココロ)〟を、新たなスピラの塊と同調することにより、再び生命体として存在できる技術を開発することに、成功したんだ」

一呼吸置き、彼は続ける。

「以前と同様の姿(うつわ)も用意してあるが……、どうする?」

研究者たちは、じっと少女の言葉を待つ。

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