微笑みと共に、世界は眠る
「こんな中じゃ、そう考えてしまうのも仕方ないわよ。みんな、結局は自分が一番大切なのだから。本当に、人間って哀れね」
その言葉に、青年は少女に目をやる。
白銀の髪が、靡いていた。翡翠色の瞳は街並みを見つめており、彼など視野に入っていない。
「君だって、生き残りたいと思うだろ? その思いは欲望でもあり、本能でもあると俺は思ってる」
「……出来るのならば、私は死にたい」
その言葉に、青年は眉間にしわを寄せる。
「けれど私は、〝死ねないの〟」
少女は言う。悲しげに言う。
翡翠色の瞳が、まっすぐと彼を見つめた。
「どうい――」
「子供は……」
青年が口を挟もうとするのを遮り、彼女は続ける。
「子供はいいわよね。まだ何も知らないがために、すぐに希望を持つことが出来るから」
「……何か、あったのか」
「私ね、昨日小さな男の子にある写真を見せたの。戦前に撮られた美しい景色の写真を。その子が見たのは空と海の写真で、その時始めて、海は〝青いもの〟だということを知った。そして彼は私にこう言ったの。〝僕もいつか海を見れるかな〟って」
「でも今の海は、もう……」
申し訳なさそうに言う青年に、少女は僅かに微笑む。
「ええ、そうよ。今はもう青い海なんて存在しない。汚染されて紺碧(こんぺき)に染まってしまったせいでね。もちろんそこには生き物もいない。私はそれを知っていた。二度と青い海など見ることは出来ないことも、知っていた。なのに私は、"いつか見れる"と言って、あの子の希望を膨らませてしまったのよ」
いつか二十歳となり戦場に立ったとき、彼は汚染された海をきっと見てしまう。
そしてその時に、希望は絶望に変わる。
あの子は悲しむに違いないわ。